しかし、依頼元の「気配りのお葬式」との関係もあって、あまり無下にもできない。篠宮さんの話にひと区切りついたところで、「わかりました。それではできるかぎり、お母さまの思い出をうかがい、そのうえで戒名を決めさせていただきます」と伝えた。
「ありがとうございます。よいご住職に出会えてよかったです」篠宮さんは声を弾ませて、お母さんの思い出話の続きをスタートさせた。
1時間ほど話して電話を切ってしばらくすると、再び篠宮さんから電話がかかってきた。
「そういえば、母は2回ほど大病をして入院したことがありました。1回目は私が生まれた直後で……」
病気が見つかってどうやって入院し、家族のあいだでどんなやりとりがあったのかを微に入り細を穿って延々と説明する。私は相槌を打ちながら聞くしかない。
さらにその翌日も携帯電話が鳴った。篠宮さんで「自分が子どものころの習い事にいつもついてきてくれました」と、他愛ない昔話が続いた。お母さんの思い出を知ってほしいという気持ちはわかるが、話は脱線し、収拾がつかないままに時間が経過する。その日も午前中に2回、午後に2回電話がかかってきた。
今回の「大姉号」は「○○○○大姉」という様式で、こちらが考えてつけるのは4文字にすぎない。また、篠宮さんからは故人の俗名の1字を入れてほしい*という希望もあり、工夫できる余地は3文字しかない。あんまりいろいろなエピソードを聞いても盛り込むことは叶わないのだ。
何度目だったか、篠宮さんから「2回目の入院のとき、すごく印象深い出来事があったのでお伝えしたくて」という電話があり、「僧侶はサービス業」と割り切っている私もそろそろ限界に来た。
「戒名は3文字しかないので、あまり細かいことをおっしゃられても反映できないのです。すでにたっぷりうかがいましたので、あとはおまかせいただいて決まったらお伝えしますね」
できるだけ柔らかく言ったつもりだったが、篠宮さんの口調が変わった。







