境界線は良くない刺激から自分を守るために必要なものですが、それが厚すぎれば相手の考えや気持ちを理解することが難しくなり、私たちは少しずつひとりぼっちになってしまいます。
つまり、境界線は厚ければよいというわけでなく、他者を理解するための機能を維持しているちょうどよい厚さである必要があるということです。私の心を守りながら、他者の心の理解や交流を円滑にしてくれる、それが適切な境界線(バウンダリー)です。
バウンダリーは
どうやって育まれるのか?
境界線は、生まれながらに備わっているものではありません。生まれたばかりの赤ちゃんにとって、世界と自分は一体です。私と「私以外」との間に心理的な境は存在しないのです。ちなみに身体的にも、どこまでが自分の体なのかといったことはまだ曖昧で、自分の手を自分のものだと認識するようになるのは生後2~4カ月後と言われています。
この頃の乳児は、自分の手をじっと見つめる「ハンドリガード」という仕草を行っていることがあります。
赤ちゃんは、自分以外のもの・ひとが存在し、そのもの・ひとは自分とは違った考えや行動をするのだということを、身近な大人とのかかわりから、主に親の言葉や表情から学びとります。
子どもが泣いているとき、親が「あなたが悲しいのね」「あなたが不快なのね」など、「あなたが」という主語を示すことで、子どもは「私が悲しい」という「自分自身」を見つけていきます。言葉が通じない赤ちゃんも同様です。
泣いているときに、親が「おむつが濡れたんだね」「お腹が空いたんだね」などと、赤ちゃんが泣いている理由を探し、示し、適切にケアすることで、赤ちゃんは自分がなぜ不快で泣いているかを知っていき、目の前の人(親)は自分をケアしてくれる、自分とは異なる「安全な」存在であることを認識していきます。つまり、子どもの意思表示に大人(親)が応えることで、境界線の芽が育まれるのです。







