時間を2016年に巻き戻して、作品である黄金の便器について触れてみます。正確には18金でできており、アメリカの成金趣味を象徴して「America」と題されています。便器は実際に使用でき、展示中も使用することができました。

 初めニューヨークのグッゲンハイム美術館に展示されて、その後、2019年にはイギリスのブレナム宮殿でも展示されました。

 その展示中に盗難事件が起きてしまったのです。まさに金の便器は、それゆえに便器であっても窃盗団の心を惹きつけて、窃盗まで起こさせたのです。その後、窃盗団数名は逮捕されましたが、作品は返還されることはありませんでした。多分すでに金に溶かされているのではないかというのが大方の関係者の見方です。

盗まれた便器よりも
バナナの方が価値を持った

 この18金製の便器の作品ですが、窃盗団としては金の価格に目が眩んで窃盗を働いたのではないかというのが大方の見方であって、もしそうだとすると芸術の無形の価値というのが今ひとつ曖昧になってしまいます。

 純粋な芸術的価値の評価からの窃盗ではなかったわけで、その辺りがカテランとしては今ひとつ面白くなかったのでしょう。ならばとばかりに、バナナという安価な素材を使って芸術的な価値を生み出したのが冒頭のバナナをテープで壁に貼った作品なのです。

 黄金の便器と同様に、結局、展示中に食べられて姿形がなくなるという事態が起きるわけですが、より馬鹿馬鹿しさを増し、かつ芸術の無形の価値を証明できたわけですから、カテランとしては「しめしめ」と思ったことでしょう。黄金の便器の時とは違って、いくらでも容易に再生産できるところが、大衆消費社会の軽さをより表現できているようにも思えるのですが、あの黄金の便器の持つ、奇妙な重厚さや金満主義的な姿の滑稽さと比較すると少し軽めに思えるのは私だけでしょうか。

 兎にも角にも黄金の便器の盗難がなければ、バナナ作品も生まれていなかったわけで、転んでもただでは起きない現代アーティストの根性を見るようです。いったんは想定外であった芸術的な試みも最後はカテランの目論み通りになったということでしょうか。しかしこの物語はまだ続きそうな気もしますが。

 ちなみに、カテランの「バナナ」ですが、販売された3点のうちの3番目のエディションはニューヨークのグッゲンハイム美術館に収蔵され、2番目のエディションに至っては、2024年11月20日にサザビーズ・ニューヨークで開催されたオークションにおいて中国のコレクターであり、仮想通貨プラットフォームTRONの創設者であるジャスティン・サン氏によって、620万ドル(約9億6000万円)で落札されました。

 サン氏によれば、仮想通貨とカテラン「バナナ」作品の間の仮想性、無形性には共通性を感じさせるとのことで、サン氏のビジネス哲学を後押しするアートだというのが、620万ドルを払ってでも購入したかった理由だそうです。