しかし、精神的な不調や文化的な摩擦もあり、やがて帰国し長らく国内で静かに創作を続ける時期を迎えます。その後、1990年代以降に海外で再評価の機運が高まり、世界各地で大規模な回顧展が開催されるようになりました。現在では、日本を代表する現代アーティストとして、圧倒的な存在感を放っています。
また、藤田嗣治は1920年代のパリで「乳白色の裸婦画」によってセンセーションを巻き起こし、時代の寵児として脚光を浴びました。
しかし、戦時中の活動やフランスへの帰化が物議を醸し、戦後の日本では長く評価が揺れ動くことになります。それでも21世紀に入り、美術史的な文脈や越境者的な存在としての意義が見直され、日仏両国においてその業績が再評価されつつあります。今では単なる「パリ画壇の異邦人」を超えた、美術史的に重要な存在として確かな位置を占めるようになっています。
量産が求められる若手時代と
作家性が問われるキャリア中盤
なぜ、このような奇妙な浮き沈みのパターンが多くの作家に見られるのでしょうか。それは、ひとりの作家がたどるキャリアの構造と深く関係しています。
デビューから30歳前後までは、すぐにギャラリーや美術館で大規模な個展を開くことはできません。多くの作家は若手向けのグループ展などに参加しながら、限られたチャンスを活かして自分の個性や才能をアピールする必要があります。まず、同世代のなかでいかに抜きん出るかが問われるのです。
この時期に求められるのは、とにかく手を動かし、展示機会が得られたら、機を逃さず作品を発表し続けることです。クオリティを確保するために熟成させている余裕はありません。それよりは、とにかく量産する。顔を売り、フィードバックを得ながら走り続けるなかで、作家性を深めていくフェーズなのです。
若手時代をクリアし、やがて40代頃まで作家生活を続けることができたなら、次の段階に進む必要があります。それは、自分の世界観を確立する段階です。個展が打てるだけの実力と独自性を備え、自分だけの世界観を築くことが求められるのです。







