違和感の正体

 講演後の質疑応答でのことです。
 ありがたいことに、たくさん質問の手があがりました。

 ただ、質問の内容が思っていたものとかなり違っていて、衝撃を受けました
 今回私が話したのは、主にお金の管理の話です。
 自分の欲望や衝動をどうカバーするか。
 日々のお金をどう守るか。
 危ない選択肢に近づかないための自衛としての知識や考え方など。
 NISAの二の字も話していません。
 なぜなら、出所したら投資ではなく、まずは生活を整えるのが最優先だからです。

 ただ、実際にもらった質問は、

日本経済は今後どうなりますか?」
「これから世界的に伸びるセクターは何ですか?」
は上がると思いますか?」
「配当投資はどこの株を買えばいいですか?」
「おすすめの投資法は?」

 といった内容でした。

 私はファイナンシャルプランナーで自分も資産運用しているので、ある程度は経済の話もできます。
 投資の考え方や経済の見方、金の価格や配当投資についても、専門家として答えられる範囲で話しました。

 ただ、実際かなり違和感がありました。
 なぜなら、今回の場にいる人たちの中には、お金がうまく回らなくなり、詐欺に関わってしまった人もいると聞いていたからです。

 それなのに関心が向かう先が、
「どう管理するか」
「どう生活を立て直すか」
「どう危ない話から距離を取るか」

 ではなく、

「どう増やすか」
「何に投資すればいいか」
「どこにチャンスがあるか」

 だったのです。

 誤解してほしくないのですが、受刑者の方が悪いとか、投資が危ないと言いたいわけではありません。
 株でも、投資信託でも、金でも、暗号資産でも、自分で理解してリスクを取れる人はやればいいと思いますし、その大切さも日々お客様にお伝えしています。

 ただ、順番があります。
 お金を増やす前にまず身の丈に合った生活、投資の前に投資のためのお金を準備しなければなりません。若いうちは特に、自分の技術に投資した方が配当よりもリターンが大きくなる可能性が高いです。

 強い危機感を抱きました
 学校教育でも、金融教育が少しずつ広がっています。
 でも、「投資を教えること」ばかりが金融教育ではないんじゃないか。
 その前に教えるべきことがあるんじゃないかと。

 例えば、

 ・給料が入ったら、まず何に使うのか。
 ・無理のない家賃をどう考えるか。
 ・固定費はどう削減するか。
 ・借金をしたらどうなるのか。
 ・税金や年金はどういう仕組みなのか?
 ・クレジットカードはどんな風に使っていくか。
 ・誘われた副業や投資話の疑い方は?
 ・困った時に、どこへ相談すればいいのか。
 ・欲しいものがある時に、どう一呼吸置けばいいのか。
 ・自分の衝動や特性と、どう付き合えばいいのか。

 こういった「守りのお金の教育」が、教育現場で話されていないと感じました。

 SNSでも流れてくるのは、「どう稼ぐか」の話ばかりです。
 確かに稼ぐ話は楽しいですし、私も好きです。でもそれは、最低限のことができてからの話。
 最低限のことができる前提で金融教育を進めている歪みが、特性のある人にしわ寄せとしていってるのではないか(当たり前にできる人にとっては、これらのことがつまらない話なのも分かります)。
 そう感じたのです。

違和感を抱いた質疑応答の後に、私が伝えたこと

 質疑応答の最後に、私はそのことを少し話させてもらいました。

「欲望があるのは悪いことではありません。
 でも欲望と上手に付き合う方法を知ることは、大切だと思います。
 そして自分の身の丈に合った生活をするということは、決してカッコ悪いことではなくて、素敵なことだという価値観を持ってほしいと思います」

 と伝えました。
 正直、どこまで伝えわったかはわかりません。でも少しでも心のどこかにこのメッセージを残してもらえたら……と思います。

 今回の講演を通じて、私自身も大きな宿題をもらった気がしています。

 お金の教育は、将来お金持ちになるためだけのものではありません(なれたら嬉しいけど!)。お金は幸せに暮らすための知恵であり、誰かを加害者、被害者にしないためのものでもあると感じました。

 そしてもっと生活に近いお金の教育が必要だと思いました。
 拙著『発達障害かもだけど、お金のことちゃんとしたい人の本』が好評なのも、「世間では当たり前のお金の常識」を持ち合わせていない人へのアプローチが足りていないから、多くの人に読まれているのではないか、と推測しています。

 また最後になりましたが、今回、刑務官の方々の仕事にも本当に圧倒されました
 受刑者の方が社会に戻った時に、ちゃんと暮らせるように、再犯を予防して市民の安全を守るために、この緊張感と閉塞感の中で、泊まり込みで仕事をされている。本当にすごい仕事だと思いました。

 私は数時間、施設の中に入っただけでかなり消耗したので、なおさらそれを感じました。頭が下がります。今回の機会をいただけたことに、心から感謝しています。

(本記事は、岩切健一郎氏のnoteから抜粋、編集したものです。)