しかし、中国の時代劇やディズニーのアニメ映画の世界では、老人は嫌われるどころか、むしろ尊敬の対象であり、困難に直面した時、人生の経験や知恵を教えてくれる頼もしい存在として描かれています。もちろん、最強の悪人として登場することもあります。

 現実と創作での老人のイメージは、これほどかけ離れているのはなぜでしょうね。人々に敬愛され、頼られながら年を重ねていくことは、1つの憧れなのかもしれません。

 周りを見てみると、ジムに通ったり、アンチエイジング化粧品に詳しかったり、積極的にエイジングケアに励んでいる高齢者は少なくありません。いくつになっても前向きに生活を謳歌するのはとても良いことです。しかしその裏には、老いていく運命を拒み、恐怖すら覚えている気持ちがあることは否定できないのではないでしょうか。

 確かに、私たちが乗っている人生という列車が着々と終着駅に向かっている限り、その旅路では「老い」という運命に逆らうことはできません。

孔子の40代は逃亡や迫害
「惑わず」と言えたのは?

 年齢の重ね方について、中国で最も知られている古典の言葉は『論語』に記されている次の一節です。

『論語』為政篇

子曰く、私は十五歳で学問を志し、三十歳で自立した。

四十歳で生き方に迷いがなくなり、五十歳で天より与えられた使命を悟った。

六十歳で人の言葉を素直に聞けるようになった。七十歳になれば、心の欲するままに行動しても、道を踏み外すことはない。

子曰、吾十有五而志于学。三十而立。
四十而不惑。五十而知天命。

六十而耳順。七十而従心所欲、不踰矩。

 この一節は、孔子が自らの生涯を段階的に総括したものであり、彼の人生と照らし合わせてみると、その真意がより明確に見えてくるでしょう。

 孔子は貧しい少年時代を送りながらも、15歳の時に学問の道に進むことを決意しました。当時の学問は、書物の勉強だけでなく、礼法などのさまざまな知識を身をもって実践することも必須でした。

 20代の頃、孔子は下級官吏として生計を立てつつ学問の探求を続け、私塾を開きました。

 30代に入ってから弟子入りする者が増え、ついには要人からも助言を請われるほど、その名が知られていったのです。