孔子の“自由”とは、道徳や社会の規範を破る自由ではなく、それらを踏み外さないコントロールができるからこそ、得られるものだと言えるでしょう。

 この一節から、「三十而立」「四十不惑」「五十知天命」といった、中国で広く知られる諺が生まれました。

 孔子の言った年齢の段階が、すべての人の人生にそのまま当てはまるとは限りませんが、人生を全うしてきた1人の先輩からの、各段階での精神状態や心構えについての教えとして、その言葉に耳を傾ける価値はあるでしょう。

 もし迷いや悩みだらけの20代、30代の先に、孔子のような泰然と運命を受け入れ、自分らしく自由に生きられる未来が待っているのなら、老いていくのも悪くないと思いませんか。

学問を追究する興奮?
孔子「発憤」の意味

 では孔子が、あのような自由な晩年を迎えられたのには、何か秘訣があったのでしょうか。

 孔子自身の言葉にそのヒントが隠されています。

『論語』述而篇

昂揚して食事を忘れるほど夢中になり、楽しむことで憂いを忘れ、老いが忍び寄っていることにも気づかない、というだけのことだ。

発憤忘食、楽以忘憂、不知老之将至云爾。

 原文は、楚の国の高官であった葉公が、孔子の高弟(*注1)である子路に「孔子とはどのような人物か」と尋ねたところから始まります。

 この問いに子路は即答できず、黙ってしまいました。この出来事を聞いた孔子は、子路に対して、自らを評して見せたのです。それが上の一節です。

 この中でよく議論されるのは「発憤」という言葉です。興奮して精神的に高揚している状態を指しますが、その高揚の原因については諸説あります。中国では、孔子が学問を探求するために興奮していると解釈されることが多いのですが、日本では「憂わしいことを思い、気持ちが昂ってくる」(*注2)と考えられることもあるようです。

*注1…高弟弟子の中で、特に学識や技能が優れた人物。

*注2…「憂わしいことを思い……」出典『完訳 論語』(井波律子訳、岩波書店)

フル装備の「武器」で
老いという冒険を楽しむ

 しかし、私は「発憤」の解釈よりも、それに続く「楽以忘憂」の部分に注目したいのです。孔子にとって、人生の憂いを忘れ、老いも気にかけないための最大の武器は、まさにこの「楽しむこと」だったのではないでしょうか。

 孔子から見れば、老年とは人生が終わろうとしている時ではなく、むしろ生涯追い求めてきた知恵や徳が頂点に達する最高の時期なのです。年を重ねるほど、自分や世界をより深く理解し、余計な悩みからも解放されるでしょう。そして「思うままに」人生を「楽しめば良い」。これこそが、孔子の自由な晩年の姿なのです。

『困ったときは中国古典に聞いてみる』書影困ったときは中国古典に聞いてみる』(伏 怡琳、アルク)

 他人に見せるために習得した能力や、老いに逆らって磨いた見た目などは、他者を意識した「衣装」に過ぎず、歳を重ねていくにつれて、意味を失っていくでしょう。向き合うべき相手は、次第に自分自身だけになるのですから。

 筋トレも、化粧品も、自分が好きなことならばそれでよいと思います。ただ、「他人にどう見られるか」には振り回されず、ありのままの自分を受け入れ、心から楽しめることをやっていく、それが老いを恐れずに人生の夕暮れを満喫する、最大の秘訣かもしれません。

 そして、この頃に手にしている経験と知識、知恵は、自身の生涯で最も多いのです。

 いわば「武器」がフル装備に近づいている、そんな時こそ、「人生」というスリルに満ちた冒険のラストステージを、孔子のように楽しみたいものです。