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老いに直面したとき、多くの人は「衰え」や「終わり」を意識してしまう。しかし、古代中国の思想家・孔子は、人生の後半をまったく異なる視点で捉えていたという。『論語』に記された孔子自身の言葉を手がかりに、老いと向き合い、年齢を重ねることの意味を読み解く。※本稿は、文芸翻訳家の伏 怡琳『困ったときは中国古典に聞いてみる』(アルク)の一部を抜粋・編集したものです。
人生の行き着く先
老いは“恥”なのか?
【お悩み相談】最近、老眼が始まったようです。書類などを見にくく感じることが増えてきました。白髪もちらほら出てきています。自分が老眼や白髪になるなんて信じたくないのが正直なところです。老いは誰にでも訪れるもので、受け入れるしかないのは分かっていますが……。
『第二の性』で知られる作家シモーヌ・ド・ボーヴォワールには、『老い』という名著もあります。本書の中で彼女は、「人生最後の15年から20年にある人間は“廃品”」と見なされ、「老いは社会の恥であり、それについて語ることは不謹慎だ」とされる社会の風潮を、鋭く分析、批判しています。
いつからのことでしょう。老人が無力で役に立たず、社会のお荷物であるかのようなイメージが、現代社会に定着してしまったようです。
文明が発展するにつれて、人の寿命はどんどん長くなっており、世界主要国の平均寿命は、1900年前後には45歳前後だったのに、100年の間に倍近くに延びました。
長寿は間違いなく文明の進歩の賜物ですが、皮肉なことに、今や高齢化が世界中の国々が頭を抱える悩ましい問題になっています。







