明治製糖は、東京菓子の経営にも参画し、大正12年(1923年)には役員を送り込んで増資している。

「東京菓子」では独自性を出せず
会社への認知が伸びなかった

 時を同じく、この頃の東京菓子は、そのネーミングの弱点を感じていた。「東京」という地名を冠したことで、単なる「東京産の菓子」の一種と認識されてしまい、独自ブランドとしての認知が伸び悩んでいたのだ。関西地方の顧客の受けもイマイチだったという。

 そこで、大正13年(1924年)、明治製糖の経営上の影響力が増したタイミングで、その名にちなみ、社名を「明治製菓」に変更したのである。ここから、現在まで続く明治ブランドの歴史が始まったのだ。

 なお、明治製菓の初代ロゴは、東京菓子のロゴデザインを承継し、そのイニシャル部分を「明治製菓」の「MS」に置きかえたもの。昭和40年頃まで使用された。

P31同書より転載

看板商品のアポロチョコは
アポロ11号よりも先に考えられた

P32同書より転載

 明治の「アポロ」といえば、お馴染み、円錐形のイチゴチョコレートだが、この「アポロ」は昭和44年(1969年)の発売。商品名と形状は、同年に世界初の月面着陸を成し遂げた宇宙船「アポロ11号」の司令船に由来する。

 ただし「アポロ」という命名は、アポロ11号よりも早かったらしい。明治は、月面着陸の3年前にたまたま「アポロ」という名前の菓子を企画していたというエピソードを、公式サイト上で述べている。