しかし江崎は、反対を押し切ってシンプルな「グリコ」にこだわった。彼には、グリコは従来のキャラメルとは異なる新たな栄養菓子であるという信念があり、その将来性にも確信があったのだ。
果たして周囲の懸念通り、大正時代を通して営業面で苦戦を強いられるも、昭和2年(1927年)におもちゃをオマケに付けたことで大幅に売れ行きを伸ばし、安定を得る。
ゴールインマークも江崎の発案によるもので、地元・佐賀の神社の境内でかけっこに興じる子どもたちの様子をみてひらめいたという。ただし当初はランナーの顔が写実的で面長、痩せ過ぎにも思えるものだった(図1)。
同書より転載
女子学生の一言でデザインを変えた!
強すぎるロゴマークへのこだわり
女子学生に「ユウレイみたいで怖い」と言われた江崎が、当世のマラソン選手フォルトゥナート・カタロンの写真を参考に再考を指示し、笑顔で健康的な表情のデザイン(図2)に進化したとの逸話が残っている。
同書より転載
これらのエピソードからうかがえるように、江崎にはネーミングやロゴマークへのこだわりが強かった。
グリコ創業以前から複数の登録商標を保有しており、その記録から、葡萄酒事業で使用していた「ピラミッド印」(図3)、「花輪犬」(図4)のマークなどが確認できる。
同書より転載
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注目すべきは、佐賀県で家業の薬種業「江崎薬店」を営んでいた頃の明治42年(1909年)に商標登録されたこの「健兒」のマークだ。凛々しい表情の男児が、旗を掲げてポーズを決めるこのマークには、ゴールインマークに通じる力強さと安定感がある。
筆者は、これこそゴールインマークの「始祖」に当たる図柄なのではないかと踏んでいる。
同書より転載
『明治・大正のロゴ図鑑 登録商標で振り返る企業のマーク』(友利 昴、作品社)







