しかし江崎は、反対を押し切ってシンプルな「グリコ」にこだわった。彼には、グリコは従来のキャラメルとは異なる新たな栄養菓子であるという信念があり、その将来性にも確信があったのだ。

 果たして周囲の懸念通り、大正時代を通して営業面で苦戦を強いられるも、昭和2年(1927年)におもちゃをオマケに付けたことで大幅に売れ行きを伸ばし、安定を得る。

 ゴールインマークも江崎の発案によるもので、地元・佐賀の神社の境内でかけっこに興じる子どもたちの様子をみてひらめいたという。ただし当初はランナーの顔が写実的で面長、痩せ過ぎにも思えるものだった(図1)。

P67_図1同書より転載

女子学生の一言でデザインを変えた!
強すぎるロゴマークへのこだわり

 女子学生に「ユウレイみたいで怖い」と言われた江崎が、当世のマラソン選手フォルトゥナート・カタロンの写真を参考に再考を指示し、笑顔で健康的な表情のデザイン(図2)に進化したとの逸話が残っている。

P67_図2同書より転載

 これらのエピソードからうかがえるように、江崎にはネーミングやロゴマークへのこだわりが強かった。

 グリコ創業以前から複数の登録商標を保有しており、その記録から、葡萄酒事業で使用していた「ピラミッド印」(図3)、「花輪犬」(図4)のマークなどが確認できる。

P67_図3同書より転載
P67_図4同書より転載

 注目すべきは、佐賀県で家業の薬種業「江崎薬店」を営んでいた頃の明治42年(1909年)に商標登録されたこの「健兒」のマークだ。凛々しい表情の男児が、旗を掲げてポーズを決めるこのマークには、ゴールインマークに通じる力強さと安定感がある。

 筆者は、これこそゴールインマークの「始祖」に当たる図柄なのではないかと踏んでいる。

P66同書より転載