だが、同時に、慎重を期して確実な成功が見えるまで待つようでもいけないのだとも指摘する。動かざること山のごとし、武田信玄のような戦略姿勢では、強大な力を持ちながらも、上洛の時機を逸してしまうだろう。

 経営を丁半博打にはしないが、まだ流動的な状況下での果敢な決断でなければ、未来は拓けない。

 また、孫氏は、挑戦の結果、組織に3割を超える損失が出る場合にも潔く撤退すべきだと語る。

 大きな投資であるほど、肝いりのプロジェクトであるほど、撤退に慎重になり、深追いしてしまいがちだ。しかし、孫氏は「意地でやるやつは馬鹿だと思え」と断言する。

意地でやるやつは馬鹿だと思え。退却できないやつは馬鹿だと思え。そんなケチなやつがリーダーになっちゃいけない。それは無能なんです。
出典:『孫正義 リーダーのための意思決定の極意』(光文社新書)

考えた末の「7割の確率」
だからこそ成功できる

「7割の勝率」でこそ、意思決定をすべきだと孫氏は言う。

 だが、この7割という数字、額面通りに受け取ってはいけない。

 孫正義をして、ソフトバンク社内の俊英に考え抜かせた分析を吟味し、さんざん詰め、自ら考え抜いて、その末に見出した7割だということを、私たちは忘れてはならない。

 これを象徴するエピソードがある。

 同社における過去最大のチャレンジ、英ボーダフォンの日本法人買収による通信事業への参入である。

 2006年に行われたこの買収の金額は約1兆7500億円で、当時の日本企業のM&Aとしては例を見ない額である。通信事業への参入は孫氏の悲願であり、銀行からその買収総額の大半を融資してもらっての買収であった。

 社内外で無謀だとの声は大きかったが、孫氏は参入にあたって事業状況を緻密に分析し、いくつかの勝ち筋をそこに見いだしていた。

 第一は、同年10月から始まるナンバーポータビリティー(通信会社を変更しても電話番号を引き継げる制度)。これをドコモやauから顧客を獲得できる手段だと考えた。

 また、通信インフラの貧弱さからくる「繋がらない問題」が旧ボーダフォンの最大の弱点であるとして、これを早期解決するプランを用意する。さらに後には、米アップルとの提携によるiPhoneの日本独占販売が、ソフトバンク躍進の原動力となった。

 これらの策を構想し、矢継ぎ早に実行していくなかで、誰もが無理筋だと思っていた通信事業を孫は軌道に乗せることに成功したのである。

 まさに、誰もが勝ち筋を描けない中での、考え抜いた末の自分にだけ見える「7割の勝率」。これが、経営責任を預かる者が、不確実な事象に向き合うときの姿勢であろう。