社内で反対された「宅急便」が
大成功できたワケ
ヤマト運輸の中興の祖・小倉昌男氏が、民間企業として初の個別宅配事業を成功させたときも同様だった。
父の後を継ぎ47歳で社長になった小倉氏は、なぜ同社が低収益なのかを徹底的に分析した。
その中で小口の荷物は手間がかかり採算が合わないという常識が業界の低迷を招いていると仮説を立て、米国UPSの視察なども経て、個人向け小口配送の事業戦略を構想した。
社内では、小倉氏以外の役員ほぼ全員が反対したというが、足掛け3年の構想の果てに、その役員たちの反対を押し切って宅配便事業を開始した。
航空業界におけるハブ・アンド・スポーク理論の、個別宅配への応用。緻密な配送拠点網の整備。トラックドライバーを「セールスドライバー」へと磨き上げることで、職務地位を向上させるとともに、顧客へのサービス品質の向上をはかる。
他社はおろか、世の中の誰もが思いもつかなかったことを実現していく中で、小倉氏は自分にだけ見えていた勝ち筋を現実化していったのである。
小倉氏にとって、その決断時の勝率が何割であったのかは、今では知る由もない。
だが、その数字が「7」であったかどうかは、本質的な話ではない。
経営をギャンブルにはせず、かといって保守的にもなり過ぎない。考え抜いた末に、自分だけの勝ち筋を見いだす。
それこそが、孫氏が、小倉氏が、私たちに伝えてくれている事業責任者の意思決定の在り方だといえる。







