お笑い芸人の山田ルイ53世お笑い芸人の山田ルイ53世 Photo:SANKEI

若き日に思いを馳せれば、小学生の頃は中学生の制服姿に憧れを抱き、20代では30代が大人に見えていたという人も多いはず。しかし、年齢を重ねれば自然と成熟するという認識は本当に正しいのだろうか。人生100年時代において、年を取ることの意味を芸人・山田ルイ53世が問い直す。※本稿は、芸人の山田ルイ53世『僕たちにはキラキラ生きる義務などない』(大和書房)の一部を抜粋・編集したものです。

40歳で「不惑」なんて
今の時代では無理

「四十にして惑わず」と、かの孔子は言ったそうである。

 先日50歳を迎えた筆者は、仕事先で昼飯をどうしようかとコンビニに入り、思い悩んだ末に結局、連日似たようなものを食べている。惑った上に妥協している。

 勿論、孔子と張り合おうとは思ってもいないが、ひょっとすると、彼が生きた時代は、人生も現在ほど複雑ではなく、大して惑うべき選択肢も無かったのでは……と憎まれ口を叩きたくもなる。

 筆者が芸人を志した頃は、30歳までにネタ番組などに露出し、評価されないと、「もうやめた方が良い」と見限られるのが通例だった。

 一見厳しく聞こえるかもしれぬが、一方でこれは救いでもある。

 サラリーマンの世界で言えば「定年」。

 最近は錦鯉の長谷川雅紀氏が50歳でM-1グランプリで優勝し、50歳の永野氏が再ブレイクを果たすなど、芸人のブレイク年齢が上がってきている。それによって“諦めどき”が延長されつつある傾向もみられるが、「遅咲き」とは、幾つになってもチャンスがあるという話ではない。ただのキッカケ……身も蓋もないが、魅力的で才能ある人物が、たまたま世に出てくるのが遅れただけの話である。