トランプ政権は2025年、対外援助予算を大規模に削減した。専門的官僚機構と長年にわたる現地ネットワークが大きな打撃を受けた。米国の「信頼性」――その関与が長続きするという確信――が、地域パートナーの間で急速に揺らいでいる。

 さらに2026年、米国はイスラエルとともに、イランに対して軍事行動を取った。この決断は、エネルギー供給の安定に依存する東南アジア諸国に深刻な打撃を与えた。石油価格の高騰は、ただでさえ財政的に余裕のない国々を直撃した。

 中国はこの戦略的空白に素早く動いた。開戦以降、北京はフィリピン、オーストラリア、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイ、ミャンマー、バングラデシュの政府高官と相次いで高レベル会談を実施し、エネルギー危機への「連帯」を打ち出した。

「米中二択」を迫った設問では
知識層の52%が中国を選んだ

 融資規模で中国に大きく見劣りし、地域での信頼にも揺らぎが見え始めた米国。シンガポールのシンクタンク、ユソフ・イシャク東南アジア研究所(ISEAS)が2026年に公表した「東南アジア情勢調査」はその現実をはっきりと映し出している。

 地域の有識者層に「米中二択」を迫った設問では、52%が中国を選んだ。

 冷戦終結後、中国は国際秩序の「多極化」を主張し続けてきた。習近平の登場以降、その主張は外交的な修辞に留まらず、「一帯一路」という政策装置を通じて、資本・技術・政治影響力の組織的投射へと変貌(へんぼう)した。インドネシア高速鉄道は、その壮大な戦略の一つの駒(こま)に過ぎない。

 情勢は、習近平が望む方向へと動きつつある――そう見える。

 では、日本はそのなかでどこに立つのか。

日本はインド太平洋を失っていない
日本が持つ「優位性」とは

「日本は中国に押されている」という印象が広まっている。しかし、数字と事実はもう少し複雑な絵を描いている。

 ジャカルタには「高速鉄道」と「地下鉄」という、似て非なる二つの鉄道インフラが存在する。高速鉄道を受注したのは中国だ。だが地下鉄(ジャカルタMRT)を完成させたのは日本である。

 マニラの地下鉄もそうだ。フィリピン首都圏の地下鉄構想は1970年代に遡る。しかし半世紀の間に6つの政権がこの夢を諦めた。それでも掘り返し、実現へと導いたのは日本だった。

 この対比は単なる受注数の話ではない。日本のアプローチが体現する「哲学の差」の問題だ。