監獄の中央の監視台からは、放射状に獄舎棟(舎房)5本が延びている様子が一目瞭然です。これは18世紀英国の哲学者ジェレミー・ベンサムが考案した「パノプティコン」(一望監視施設)という設計思想を、19世紀英国の建築家ジョン・ハビランドが取り入れたヨーロッパの刑務所建築の様式とのこと。真ん中の1カ所から全ての舎房を見渡せるようにした効率的なデザインです。

奈良監獄の建築家・山下啓次郎
「監獄の近代化」が国策だった

 奈良監獄を設計した山下啓次郎(1868~1931)は薩摩藩出身、帝国大学で辰野金吾(1854~1919、作品に日銀本館、東京駅など)に学んだ人物。維新後の薩摩藩士の伝統にのっとって警視庁技師に就職し、司法省技師に転じてからは奈良のほか千葉、金沢、長崎、鹿児島の監獄を設計あるいは指導しました。

 これが明治の「五大監獄」です。五大監獄のうち、全貌が建築当時の姿のまま残っているのは奈良だけで、ほかの4カ所は門と一部庁舎のみ現存しています。ちなみに、帝大の同期には築地本願寺を設計した伊藤忠太(1867~1954)がいました。

 明治政府は不平等条約改正を目指す一環として、日本が近代法治国家であることを主張し、諸外国に認めさせるために「監獄の近代化」が国策のひとつとなります。山下啓次郎は欧米8カ国、約30カ所の監獄を視察し、参考にしたそうです。

孫・山下洋輔と『ドバラダ門』
読書好き界隈も騒然の作品とは

 先述の通り山下啓次郎の孫が山下洋輔です。1969年に「山下洋輔トリオ」を結成し、クリエーティブで攻撃的で美しい音楽を奏でてきた音楽家です。監獄ばかり設計していたという祖父の謎を解くために調査を続け、1990年に小説『ドバラダ門』(新潮社)を出版しました。

「ドバラダ門」とは、旧鹿児島監獄の正門の通称で、山下洋輔はこの言葉の由来を調べるところから出発し、各地の旧監獄を訪ね、細部を観察し、地元の人々から話を聞き、明治時代の記録文書を掘り起こしていきます。登場人物は実名の小説で、しかも取材の記録と想像による会話などが混合し、時空を超えていくSF小説でもあります。建築史の事実、山下家の記憶、幕末維新の薩摩藩の史実が底流にありますが、かなり笑える作品でもあり、36年前の出版時には読書好き界隈を騒然とさせました。