しかし恭子さんはブレない。この次のくだりを以下に掲げる。
インタビュアー 「好きなスイーツは何ですか?」
恭子 「おいしいスイーツです」
「絶対に量の公理に違反してやる!」という強い意志を感じる。この姿勢を前にすると、「できる限り情報を与えないことでミステリアスなイメージを守り抜いているのかな?」「食べ物にはあまり関心がなくて、なんでもお好きなのかな?」などといろいろな解釈がはかどる。
「おいしいものが好き」という一見情報量の乏しい発話は、むしろ情報量が乏しいゆえに雄弁だということを恭子さんは教えてくれる。
協調の公理を逆手に取って
笑いを掻っ攫った後藤輝基
量の公理に違反したせいで、散々な目に遭った人もいる。日銀総裁の植田和男氏である。日銀のコミュニケーション相手とは、マーケットである。総裁の発言は深読みされ、為替市場や株式市場を大きく動かす。
事件が起きたのは2023年12月7日の参議院財政金融委員会である。出席した植田総裁は、4月に総裁に就任して以降の職務についての感想と、今後の取り組みについて質問された。
これに対して植田総裁は「チャレンジングな状況が続いているが、年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」と回答する。直後、マーケットは大パニックに陥った。当たり障りのない発言に思えるが、どこが問題だったのだろうか?
おさらいすると、量の公理とは「必要とされるだけの十分な情報を与えよ。また、必要以上の情報を与えるな」である。そう、この発言には必要以上の情報が入ってしまったのだ。具体的には、「年末から来年にかけて」と時期を示したのがマズかった。
当時、日銀はマイナス金利政策を導入しており、いつ解除されるか注目が集まっていた。先の回答は特に金融政策に限定したものではなかったのだが、月内あるいは2024年1月にもマイナス金利が解除されるのでは、との観測が市場に広がる。結果、この日の円相場は3円も円高に振れてしまった。
『会話の0.2秒を言語学する』(水野太貴、新潮社)
協調の原理は、お笑いを見る際にも使える。協調の原理からわざと逸脱するのが「ボケ」で、外れた進路をもとに戻すのが「ツッコミ」だと捉えてみるのだ。
あるテレビ番組の中で、お笑いコンビ・アインシュタインの稲田直樹さんが食レポをしていた。一応補足すると、彼は顎がきわめて長いことを自虐ネタにしており、今くるよ氏をして「よしもとの宝」と言わしめたほどだ。
「おいしい」としみじみ語る稲田さんに対して、MCのフットボールアワー・後藤輝基さんはまじまじと見つめた末に「すごいな、ちゃんと腕時計の時間、合ってるやん」と返す。これは相手の発話と関係したことを言う「関連性の公理」に違反している。
これに対し、2秒ほどの沈黙ののちに、稲田さんは「俺のこと、ナメてますん?」と返し、笑いが起きる。ここで観客や視聴者は、後藤さんの発言が「稲田は顔が個性的すぎて、時計の時間も合わせられないはずだ」という前提に立ったものだったと気づく。ボケとツッコミは、まさしく逸脱と修復なのだ。







