あまりにも知識が乏しいと、それを加工して生まれるものも限られてしまうので、物知りであるに越したことはないのですが、それ以上に大事なのが知識を加工する能力です

 要するに、クイズ番組で強さを見せる高学歴のお笑い芸人が本当に「頭がいい」のなら、それだけの豊富な知識を加工して、おもしろい漫才なりコントなりができているはずでしょう。

「頭のいい人」がやっている
ちょっとした習慣

 歳をとっても「頭のいい人」でありたいのなら、たとえば、テレビのニュース解説などに対して、「そうだったのか」と納得して終わらせず、そこで斜にかまえていかに人と違うことが言えるかを考えてみるのです。

 知識をそのまま鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考え、ときにはいちゃもんをつける感覚で自分の意見を述べる習慣をつけることが大事です。

 テレビを観ながら、ニュースキャスターやコメンテーターが言うことに対して、あれこれいちゃもんをつけている高齢者が昔はよくいましたが、最近はあまり見かけなくなりました。

 ほとんどの人が素直に「そうだったのか」と頷いているようです。でも、それでは、当たり前のことしか言えない人になってしまいます。

 2020年に96歳で亡くなった英文学者の外山滋比古さんと、晩年に雑誌で対談させていただく機会がありました。「高齢者の勉強法」というテーマだったのですが、彼はのっけから「年寄りは勉強なんかしたらダメだ」と、バッサリ切り捨てていました。

 いまや「知識人」という言葉は死語になりつつあります。これからの時代は「知識人から思想家になろう」と私は提言していますが、彼も同じ考えでした。

 たとえば、本を読んで勉強するということは、既存の知識をインプットするということでしかありません。

 そして既存の知識はいまや、ほとんどが手のなかのスマートフォンにあります。いくら勉強して既存の知識をインプットしたところで、それだけでは新しいものは生まれません。