知識をインプットする勉強のかわりに、彼が何をしていたかといえば、週に2、3回、「口の悪い老人」を集めて、みんなで議論していたそうです。それが彼にとっての「高齢者の勉強」ということだったのだと思います。
自分の経験に溶かし込んで
話せるのが高齢者の強み
議論する、つまり知識を加工し、「自分の考え」としてアウトプットする――これを意識して行うことが、「賢い老人」になる有効な方法です。
議論するのは、どんなことでもかまいません。「世間ではこういわれているけど、それってどうなの?」ということについて議論すると、ユニークな高齢者になれるのではないかと思います。ニュースを見て、当たり前の感想を言っているだけでは議論になりません。
たとえば、単身の高齢者が起こした凶悪事件について、「あんなことをするなんてひどいやつだ」と言い合っていてもしかたありません。
そこで、「高齢者が孤独感によって追いつめられる問題を、どうやったら解決できるのか」というところから議論を始めます。何が正解とはいえないことなので、どんな意見でも出し合えます。
「高齢者が毎日通って、みんなでわいわい話せる巨大銭湯を地域ごとにつくったらいいんじゃないか」
「そうすれば、病院通いをして待合室でおしゃべりする必要がなくなるから、高齢者の医療費もだいぶ減らせるかもしれない」
という調子で、考えたことをどんどん話題に上らせていきます。
歳をとっているということは、これまでに学んできたことや経験がそれだけあるということです。いろいろなことについて、知識をそのまま話すのではなく、自分たちの経験に溶かし込んで話せるのが、高齢者の価値であり強みです。
頑固な高齢者は
思考の硬直化に要注意
たとえば、「格差がない社会は、競争意識が失われるため、人は働かなくなる。だから格差は必要だ」という論調に対して、
「そうは言うけど、“一億総中流”だったころの日本人のほうが、よほど勤勉に働いていた。マラソンでも、自分の前を走っている人の背中が見えるうちは、追いつこうとして必死に走れるが、差がつきすぎて完全に見えなくなると、とたんにスピードが上がらなくなる。格差が小さいほうが、むしろ人は働くかもしれない」
と、かつての時代を知る人間が言えば、説得力が生まれます。







