『風、薫る』第45回より 写真提供:NHK
今日の朝ドラ見た? 日常の話題のひとつに最適な朝ドラに関する著書を2冊出版し、毎日レビューを続けて12年めの著者による「読んだらもっと朝ドラが見たくなる」「誰かと話したくなる」連載です。本日は第45回(2026年5月29日放送)「風、薫る」レビューです。(ライター 木俣 冬)
なぜ、お笑い芸人がドラマに出るのか
久しぶりに吉江(原田泰造)が登場。
原田泰造と康介役のじろう、ふたりのお笑い芸人が名演技を披露した。なぜ、お笑い芸人は俳優としてもいい仕事をするのか。それについて考えたい。
まずは今日の原田泰造。
直美(上坂樹里)に寛太(藤原季節)から手紙が届き、ふたりの密会の場所として吉江のいる教会が選ばれた。
寛太が礼拝堂にあった食べ物を勝手に食べていても、さすが吉江はとがめない。「どうぞどうぞ 召し上がってください。炊き出し用ですから」
そう言う彼を寛太は「善意の塊みたいな人」と感じる。そうなのだ、吉江は『風、薫る』のなかで唯一といっていいほど善意しかない人物だ。と思っていたら、直美と寛太の話を立ち聞きしていた。彼も多少のずるさは持ちあわせているようだ。でもそれも、直美がへんな男とへんなことにならないか心配だからであろう。
寛太と直美の関係を気にする原田泰造のリアクションが絶妙だった。吉江が善人過ぎる、その過ぎる部分を微笑ましく見ていられるのは、原田がちょっと漫画のようにデフォルメしているからだろう。
次にじろう。
『風、薫る』のじろうは、不本意な怪我で臥せっている人物を控えめに演じている。その控えめさが、自信を失くした人物らしさにも見えるし、悲壮感が抑えめで、見ていてしんどくはならない。怪我して元気のない人を大げさに見せない配慮も感じる。
原田もじろうも、見ている人にわかりやすく情報(役の状況や感情)を伝えながら、それを楽しい気持ちで見られるようにしている。原田は善意ばかりの人を全力で、じろうはネガティブ思考の人物を控えめに、そこが笑いを仕事にしている人たちらしい。もちろん芸人でも、とことん悪い役や悲しい役もできるけれど、人を楽しませるポジティブな力を発揮させたらやっぱり抜群だ。
わかりやすく楽しいエンタメ作品には、芸人が必要だ。







