うれしいはずの大量注文
現場からは悲鳴

 入社3年目にして脱サラという、思い切った決断をした稲盛。起業して間もなくすると、松下電子工業がテレビ用のフォルステライト磁器製品を大量に発注してくれた。

 幸先良いスタートだが、喜んでばかりはいられない。なにしろ、機械の台数も人員も限られている。そして、社員のスキルもバラバラで、仕事に不慣れな者もいた。

 それでも大量の注文に応えなければならない。連日徹夜が続き、現場は明らかに疲弊していた。社員の中からは「マラソンと同じで、ペース配分を考えるべきです」という声も上がったという。

 そんな苦言に対して稲盛はこう答えた。

長丁場だからこのくらいでボチボチ行こうなんて、新参者にペースを考える余裕があるものか。我々は、業界全体のマラソンのなかで、後発のビリもビリ、問題にならない素人ランナーだ。全力疾走でも追いつけるかどうかわからない
出典:稲盛和夫著『稲盛和夫のガキの自叙伝』(日経ビジネス人文庫)

 まずは自分たちの会社が直面している現状について理解を求めながら、稲盛はこう呼びかけた。

一生懸命走っても勝ち目はないのかもしれないが、せめてスタートだけでも、百メートルダッシュで行けるところまで行こうではないか
出典:稲盛和夫著『稲盛和夫のガキの自叙伝』(日経ビジネス人文庫)

 そうして最初の1年間を全力で駆け抜けた結果、黒字決算で終えることができた。翌年はさらに売上も利益も倍増したというから、無謀にも見えたハードな日々が確かな結果に結びついたといえよう。

 だが、経営が上向いたときこそ、社員たちのケアが必要だ。そのことを稲盛は痛感することになる。

「定期昇給とボーナスを保証してほしい」
従業員の訴えに対し、稲盛はどうしたのか?

 思わぬ危機が訪れたのは、京都セラミックを創業して3年目のことである。

 前年に入ったばかりの高卒社員の11人から、待遇改善を突きつけられたのだ。「定期昇給とボーナスを保証してほしい」というのが、彼らの言い分だった。

 だが、創業間もない会社で、将来の約束などできるはずもない。