なぜキオクシアが
日本経済の希望の星になり得るのか
キオクシアは、もともと東芝の半導体事業として発足、成長した。1986年~89年ごろ、世界の半導体市場の売り上げシェア1位はNEC、2位が東芝だった。88年には、わが国の半導体メーカー全体で、世界シェアの50%を獲得するに至った。
当時、日本経済に勢いがあった。オーディオ、テレビなどの分野で日本の総合電機メーカーの競争力は高かった。電機メーカーと垂直統合の関係にあった、当時の国内半導体企業は、家電向けメモリー(主に、データを一時保存するDRAM)でシェアを獲得した。
その中でも、東芝の研究開発体制はピカイチだった。87年、世界で初めて電源を切ってもデータを保存できる、NAND型フラッシュメモリーを開発した。
ところが90年代以降、東芝の事業運営は急に不安定になった。国内では資産バブルが崩壊し、景気が急速に悪化。海外では、サムスン電子をはじめ韓国、台湾、そして中国企業の半導体製造技術のキャッチアップが加速した。
米国では、インテルが中央演算装置(CPU)で世界トップの地位を確立した。90年代にIT革命が起きると、垂直統合ではなく、水平分業(国際分業)体制を敷く企業は急増する。この変化に東芝など日本企業は取り残された。
リーマンショック後、東芝は不適切な会計問題が発覚。さらに、米原子力大手ウエスチングハウスの損失により債務超過に陥った。東芝はメモリー半導体事業を売却せざるを得なくなり、2019年にキオクシアが発足した。
一時、キオクシアの業況はかなり不安定だった。コロナ禍の影響に加え、米国が中国の通信大手、ファーウェイに規制を発動した影響は大きかった。大手取引先だったファーウェイの業績悪化でキオクシアの収益性は悪化し、20年に計画されていた上場を延期した。
24年12月、世界でAIモデル開発競争が激化する中、キオクシアは東京証券取引所プライム市場へ新規上場(IPO)を果たした。IPOのタイミングは非常に良かった。
というのも、AI開発のための記憶媒体が不足していたからだ。先行するSKハイニックスを追いかけ、サムスン電子も米マイクロンテクノロジーもHBM開発に力を入れた。その結果、データセンターで、ビッグデータを長期保存するメモリー不足問題が浮上し、キオクシアが需要を取り込んだ。







