最後の0.1ミリメートルをめぐる意思決定
クジラは世界の神話や物語にもたびたび登場する。中でもマッコウクジラは、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』のモデルにもなったように凶暴な一面を持つ。一方で、深海をたゆたう姿は軽やかで、優雅ですらある。
では、ランプはどうか。空間を明るくする機能だけでなく、あくまで「光をともすもの」と捉えると、人に安心感を与え、孤独を和らげ、希望をもたらす力を宿す存在としての価値が浮かび上がってくる。
「開発時期は、ちょうどコロナ禍に重なりました。家族にすら思うように会えない中で、心まで照らしてくれるような光。孤独にそっと寄り添うのは、暗く静かな海で泳ぐ1頭のクジラ──。そんな神話のようなイメージが湧きました」
Ambientec〈Cachalot〉Photo by YUMIKO ASAKURA
その物語はブランドの美学にぴたりと一致した。こうして造形は早々に決まったが、量産化には課題があった。
当初、シェードの素材に想定していたガラスでは、異素材のパーツと組み合わせるための精度が出ない。議論を尽くし、ガラスと見まがう高純度のアクリルに変更。厚みに変化をつけ、光の拡散を緻密に設計し直すなど、技術的な試行錯誤を重ねた。光源も、0.1ミリ単位での調整が求められる、精密な金属加工を施した独自のユニットが新たに開発されている。
プロセスを振り返って、最も印象に残っているのは、プロジェクトに通底していた明確な価値基準だ。「いいものを作る、という共通のゴールを見失うことは、一瞬たりともありませんでした」と松山は言う。
機能性だけでも、造形美だけでも「いいもの」は生まれない。
「Ambientecのプロダクトは、耐久性や防水性、光の質といった基本性能はもちろん、ほとんどの部品が分解可能で、修理しながら長く使えます。その上で、見た目や手触り、心地良い重みまで、五感に訴え掛ける全てを美しく結晶していなければ、いいものとは呼べない。そんな意志がデザイナーだけでなくエンジニアも共有していたことに新鮮な感動を覚えました」
象徴的なのが、土台の金属部分の設計に関するやりとりだ。
「内部構造のここを変えれば、もう1ミリメートル薄くできるのでは?」と松山が提案したところ、エンジニア側が設計を根本から見直して「2ミリメートル薄くする」案が返ってきた。一般的には安全側にバッファーを取りがちな局面で、迷わず「より良いもの」へ振り切る。この迷いのない意思決定からCachalotが生まれたのだ。







