「それなりの品質」に妥協せず
本当にうまい酒を造り続ける

「所得格差の拡大が資本主義の終わりを招いている」といった意見もあります。その背景には、グローバル化があるといわれます。企業が人件費の安い国に生産を移すことで、先進国の労働者は仕事を失い、中産階級が没落している、というのです。

 けれどこうした流れは今に始まったことではありません。例えば、鉄道が発達すれば馬車の御者は職を失う。技術や科学が進歩する以上、職業構造の変化や仕事の喪失は避けられない問題です。そして、私たちはその進歩を止めることはできません。

 ただ、この流れには一つの前提があります。それは、「品質はそこそこでよい」という考え方です。

 一定レベルの品質があれば十分とされるなら、機械化や海外生産でコストを下げることは理にかなっています。けれど、それで本当にいいのでしょうか?

 品不足が当たり前だった時代、またはまだ発展途上にある国なら、そこそこの品質でも十分かもしれません。しかし、成熟した先進国、日本のような社会では、消費者は「それなりの品質」に本当に満足しているでしょうか。

 値段は高くても、本当にいいものを選びたい。たくさんほしいのではなく少しだけいいものがあればいい、そう感じている消費者は少なくないと思うのです。

「天才杜氏が作った酒か!?」という
レベルの酒を造る若手社員たち

 2022年、初任給の引き上げと共に、働く環境の改善も行いました。

 拡大一辺倒だった生産数量の見直しを行ったのです。注文があるからと無理をして造るのではなく、できないものはできないと理解していただく。お客様が注文してくださるから売上げが上がり社員の給与も上がる。という考え方はもちろんですが、「お客様のためにもよい酒を造る社員が大事」だと思い至り、社員中心の社内体制の構築を目標に掲げました。

 人員を大幅に増やし、原則時間外労働を禁止するなどです。