肩書を捨ててはじめて
人は素顔を見せる
答えはいたってシンプルで、「人」だった。
本田は、若い頃から「遊びにも真剣」だったという。
例えば、宴席で芸者そっちのけで仕事の話をする部下を、翌日わざわざ呼び出して「芸者の話は仕事の話より大事だろ」と雷を落としたという。相手が誰であろうと、その人間に寄り添い、耳を傾ける。だからこそ、芸者にもモテた。
本人は後年、その日々が商売人としてのベースをつくったと振り返っている。花柳界に出入りすれば、人の気持ちの裏側や人情の機微がわかる。遊びを通じて人間を知ることが、めぐりめぐって商売になる。本田の発想の根っこには、常に「人」があった。
商品を買うのは、データではなく生身の人間である。その人間が何を欲しがっているかは、机の上の数字ではなく、人と人とが交わる場でしか見えてこない。だから本田は、還暦を過ぎても、一人で飲み屋に通い続けた。
ところが、ここで厄介な問題が起きる。
「世界のホンダ」の社長だと知られた瞬間、周りは異常に気を遣い、誰も本音をしゃべらなくなるのだ。そこで本田は一計を案じた。上野の飲み屋で、素性を隠して「耳鼻科の先生」を名乗ったのである。
なぜ耳鼻科なのか。本人いわく「耳鼻科といえば、まず質問される心配がない」からだ。なんとも用意周到である。バカ話に興じる「先生」を、女将はすっかり信じ込んでいた。
ところがある日、連れの一人が本田を「社長」と呼んだことで、正体が発覚してしまう。後日、女将からは「本田技研の社長さんとは全く存じ上げず、大変失礼しました」と丁重な詫び状が届いた。
それほどまでに、本田は肩書を脱ぎ、一人の客になりきっていた。肩書を捨ててはじめて、人は素顔を見せる。裏を返せば、数字や肩書を盾にしている限り、目の前の人間は見えてこないのだ。
未来の客が何を欲しがるかは
「データの外側」にしかない
「人を見る」姿勢は、本田の意思決定そのものでもあった。
終戦直後、誰もが「これからは自動車の時代だ」と沸き立った。だが、本田の見立ては違った。







