ガソリンは不足し、バスも電車も混み合う。庶民の足は自転車だが、当時の自転車はペダルが重く、買い出しに出る主婦たちは難儀していた。世論という「当時の最適解」に乗らず、目の前の生活者を見たのである。

 そこから生まれたのが、エンジン付き自転車「バタバタ」だ。これがのちの「世界のホンダ」の原点になる。

 いま、産業界全体が効率の追求に走っている。生産性、コスト削減、選択と集中でどれだけ数字を改善したかで、人も事業も評価される時代だ。

 もちろん、効率は大切である。だが、効率という物差しでは測れないところにこそ、次に売れるものの種は眠っている。測れる範囲だけを最適化していては、昨日の延長線しか描けない。

 本田が生きていたら、きっとこう言うはずだ。

 机の上の数字を、いくら睨んだって商売にはならねえよ――。

 未来の客が何を欲しがるかは、データの外側、生身の人間の中にしかない。差がつくのは、結局、データの外に出て、客や部下と直に向き合った人間だけである。

 数字に溺れそうになったら、まず席を立って、人に会いにいく。それは、AIには決して肩代わりできない仕事である。

【参考文献】
本田宗一郎『俺の考え』(新潮文庫)
本田宗一郎『ざっくばらん』(PHP研究所)
本田宗一郎『夢を力に』(日経ビジネス人文庫)
伊丹敬之『人間の達人 本田宗一郎』(PHP研究所)