「最期までって」縁起でもない?
りんが仕事で家を開けているので、環の世話は安がずっとしてきた。環に昔話を聞かせてきたが、話が出尽くしたため、自分で考えるようになっていた。
家に帰った安は環にねだられ、結婚したくない理由を物語仕立てで、身振り手振りも交えて話しだす。
「あるところにおばあさんと娘2人と、かわいい女の子が暮らしてました」
明らかに、おばあさんは美津。娘ふたりはりんと安。女の子は環。
その流れで、安は思いつく。
「私がこの家の奥様になる。そして環を育てて婿をとる。一番理にかなってる」
りんは芝刈りをして(看護婦)、お金を稼ぐという旦那さまの役割をしている。安は奥様になればいい。
「たいして話したことのない男の人の家に嫁いで、こわい姑がいるかもしれない賭けをするより」って、槇村家の顔合わせで姑がこわかったのかどうかすごく気になるのだが……。
この家の奥様になれば、母と「最期までいられる」と言う安。縁起でもない。美津はまだまだ元気で若く見えるのに。まあ、いつかはそういうときが来るわけだが。
なんだかいろいろと歯に衣着せない発言も、『風、薫る』の特性だ。
美津もまた毒舌気味。
「安にはせめてまともな結婚をして、幸せになってもらわねば困ります。女だけで生きるつらさは、骨身に染みているでしょう。娘ふたりでみすみす不幸になるのを見ていられるものですか」
「せめてまともな」とか「娘ふたりでみすみす不幸に」とか言葉を選ばない。
美津と安は長年、ふたりで暮らしている間(環もいるが)、こんなふうによくけんかをしていたのだろうか。それとも、ここで安の感情が急に爆発したのだろうか。
安と美津はカレーについて揉めはじめる。以前、美津がふるまったカレーは見た目はそれっぽかったが、味がやばかったようなのだ。カレーは誰が作っても失敗しないと言われる万能メニューのイメージであるが、日本に入ってきた当時はまだまだ難易度が高かったようだ。
こういうたわいない親子げんかはオーソドックスでほほ笑ましい。だが姉が旦那様で妹が奥様という考え方は斬新だし、女性が追い詰められているのを感じる。
りんは自分の人生をつかみ取ろうとして、妹の人生を縛り付けてしまっているともいえるだろう。
奥様だけがすべてではないといいながら、応用形ではあるが奥様の道を選ぼうとしてしまう安。そこには環という慈しむべき子どもの存在がある。









