●学習指導についてこられない児童生徒への対応に苦慮する
●授業態度が悪い児童生徒に翻弄される
●問題のある児童生徒がいても十分に対応できる

 もし、これらの項目が設問として設定されていること自体に「違和感」を感じないとしたら、教師のメンタルヘルス問題は根本的な解決をみないと思います。

「学習指導についてこられない」「授業態度が悪い」「問題のある児童生徒がいる」といった表現には、教師のメンタルヘルス問題の原因は子ども側にあるという意図が含まれています。場合によっては、これらの表現を見て「あぁ、これをストレスだと感じてよいのか」という解釈に至る人も出てくるでしょう。

 もし、子どもが「学習指導についてこられない」のであれば、日常の授業が分かりやすいものになっているかを見直す必要があります。

「問題のある児童生徒が悪い」なら
教師の存在意義って何?

 また、「授業態度が悪い」と感じるのであれば、教師――子ども間の信頼関係が未形成な状態であると認識し、ていねいな関係づくりにシフトしなければなりません。「教師の話は聞くべきもの」という前提があるようなら、マインドセットの再構築という視点からテコ入れしていくことが求められます。

書影『教師の流儀 正解のない問いを考える』(川上康則 エンパワメント研究所)『教師の流儀 正解のない問いを考える』(川上康則 エンパワメント研究所)

 さらに、「問題のある児童生徒」というラベリングが、その子の問題のない部分を見過ごす結果に陥りやすいことも看過できません。問題状況を作っているのは果たして子どもだけでしょうか。現場目線で考えれば、教師側の無理解や誤解、その子の事情を踏まえない一方的な指導などによって問題状況が生み出されていることも少なくありません。

 そして、何より最優先で考えなければならないのは、これら三つの質問項目が何の見直しも行われずに、毎回採用され続けていることです。もちろん、これらの項目にチェックをつけた教師に向けて「あなたが思い描いている前提を見直す必要があります。子どもに寄り添うことも大切にしましょう」と伝える目的であればなんら問題ありません。しかし、そのような結果の分析は一切行われていません。

 仮に、毎年チェックをつけることによって、繰り返し目にした刺激が潜在意識にメッセージを刷り込む「サブリミナル効果」がはたらいてしまうとすれば、子どもの存在自体をストレスとしてよいという認識に至ることになります。これでは、ストレスチェックが本来の目的としていた方向性と大きくズレてしまうと言わざるをえません。