暗黙の前提を一つ手放す

 ここで、多くの企業が当然のように持ってきた前提を一つ、疑ってみたいと思います。

 ブランドは企業が管理できる資産である。

 この前提に立つと、企業の内側で見た目や広告を整え、際立たせるというブランドの仕事が正当化されます。「ブランディング」の成果としてブランドを管理し、現場のオペレーションは対象から外されます。ブランドとCXが分断されるのは、この前提から自動的に導かれる結果です。

 しかしブランドは、企業の内側にはありません。顧客の頭の中にあり、CXを通じて更新され続けるものです。

 この前提を手放すとき、ブランドの意味が根本から変わります。

 ブランドとは顧客の感情の記憶である。

 この定義は、感覚的な言い換えではありません。消費者行動研究は、顧客の意思決定の大部分は無意識下で行われ、感情が記憶の核心をつくっていることを明らかにしました(注1)。そしてその感情の記憶は単なる体験の蓄積にとどまらず、顧客が「自分はどんな人間か」という自己概念の一部として取り込まれています(注2)。

ブランドとCXは、同じ1枚の図で描ける

 私は長年、CXを説明するときに、1枚の図を使ってきました。「感情の記憶」「お客様の期待」「体験」「お客様が得た結果」が円環で結ばれ、その繰り返しが関係性を築いていく、というサイクルの図です。

 この図を使いながら、あるとき気付きました。これはCXの説明図であると同時に、ブランドの説明図でもある、と。

 顧客が体験を通じて結果を得て、感情の記憶が積み重なり、次の期待が形成されます。その感情の記憶こそが、ブランドの正体です。

 この図の前では、「ブランドはマーケティングの仕事、CXはオペレーションの仕事」という区分は、意味を失います。広告、店頭の接客、ウェブサイト、コールセンター、商品を使った後の印象。全てが顧客の中に残る感情の記憶をつくっています。ブランド施策とCX施策という区別は企業側の分類にすぎません。

注1
Zaltman, G. "How Customers Think: Essential Insights into the Mind of the Market"(Harvard Business School Press, 2003)。ザルトマンは、消費者の意思決定の95%は無意識下で行われ、感情が記憶の形成に中心的な役割を果たすと論じている。またコンウェイの自伝的記憶研究(Conway, M. A. "Autobiographical Memory", 1990)は、感情を伴うエピソードが長期記憶として定着しやすいことを示しており、体験が感情の記憶として積み重なるという本稿の前提を支えている。

注2
Escalas, J. E., & Bettman, J. R. "You Are What They Eat: The Influence of Reference Groups on Consumers' Connections to Brands."(Journal of Consumer Psychology, 13(3), 339–348, 2003)。消費者がブランドとの体験を通じて形成した感情の記憶を自己概念に統合していく過程を実証し、「セルフ・ブランド・コネクション(Self-Brand Connection)」と呼んでいる。ブランドとの関係が深まるほど、そのブランドは「自分が何者か」を定義する要素の一部となる。