看病婦・ツヤのターンのはじまり
久々に今井(古川雄大)先生の外科手術シーン。生徒たちが見学するなか、りんがきびきびと道具を手渡す。
今井の前から手をのばして黒川(平埜生成)にわたすのは邪魔にならないのか気になったが、それはさておき、生徒たちが手術を見ていて貧血を起こして倒れてしまう。
「ふふふ。手術室で患者が増えていったというわけですか」
家に帰ったりんから話を聞いた美津(水野美紀)は愉快そう。
「せっかく看護師さんになりたいっていう人が来てくれたから教えたいんだ、すてきなお仕事だよって」
りんは環(英茉)に語りかける。
「看護婦さん増えるといいね」と環は母をねぎらう。ええ子や。
環は環で、社会化されてきていた。瑞穂屋の看板娘に任命されたのだ。
「任命」という難しい言葉はシマケン(佐野晶哉)から習ったものだと聞いた、直美は「シマケンさん」と何か思うところがあるような表情をする。
直美とりんが生徒たちに、まず教えるのは、「What is nursing?」(看護とは何か)。
ナイチンゲール女史の言葉をりんは生徒たちに語る。
「あなたは自分がした何かいい仕事について、女性にしてはお見事です!などと言われることは望んでないであろう。あなたは、女性にふさわしくあろうとなかろうと、とにかくいい仕事をしたいと願っているのである」
「あなたたちは、たった1年で看護婦にならなければなりません。いろいろ覚えなければなりませんが、基本となるのは、看護とは何か? それを常に考えてください」
看護ということと同時に、女性が男性よりも劣っているかのように見られることに抗おうとする姿勢を説くりんたち。看護婦の仕事を確立させることが、女性の地位を底上げすることにもなる。
授業をツヤはこっそり聞いていて、看護婦の勉強をしたいと言い出した。
喜代(菊池亜希子)みたいになりたいと思ったとりんに語るツヤ。いや、喜代は結局看護婦にならずキリスト教の伝道者になったわけだが……。喜代が患者さんの子供を抱いているのを見て、いいなと思ったそうだ。
リアルに考えれば、日常の会話のなかで、他者に的確に自分の考えていることを伝えることは難しい。繰り返したり、たどたどしかったり、矛盾したり。断片的な言葉を連ね、誤解も含めながら、なんとなく理解しあうのがコミュニケーション。
『風、薫る』ではそういう日常会話を再現しようと試みているのかもしれない。そう好意的に見ようと思うのだが、なんとなく強引に都合で話を進めようとしている印象も否めない。
朝ドラはかなり不特定多数の視聴者が見ている。自分で補える人もいれば、そこまで労力をかけられない人もいる。できれば後半戦はもう少し内容や言葉を整理して、わかりやすく話を進行したほうがいいのではないかと余計なお世話だが思う。看護における思いやりや、やさしさや安心みたいなものを登場人物のセリフにも期待したいのは甘えだろうか。







