新版画はふたりの友情もつないでいた。ビルさんはインタビューの途中で、笑みを浮かべながら額縁に入った絵を持ってきた。

「これはスティーブが私の結婚祝いにプレゼントしてくれた川瀬巴水の新版画です。とてもうれしかった。彼にとって新版画は本当に大切なものでした。そんな貴重なものを私に贈って敬意を示してくれたんです。とても心の込もったプレゼントです。私も新版画が大好きなんです」

ジョブズとフェルナンデス家の
“絆”になった新版画

 それは、巴水の「山中湖不動坂」(1936・昭和11年)だった。晴れ渡る富士山の絵柄は、親友の門出を祝うにふさわしい明るい作品だ。

絵をもつビルさん絵をもつビルさん 撮影:著者

 ビルさんは、「スティーブは、私と分かち合える特別なものを贈りたかったのでしょう」と述べたうえで、「このことを他人に言うのは、今回が初めてですよ」と言い添えた。

 ビルさんは、子どもは環境に影響されるとして、次のように結んだ。

「スティーブも私も、日本風の家具、壁、そして新版画という私の母の解釈に基づく日本的な美の影響を、無意識のうちに受けていました。私たちふたりの美的感覚は、そうした環境から非常に多くの情報を得ていたのです」

 少年だったジョブズをおとなの目線で見ていた母親バンビさんの証言は珠玉だった。ジョブズが新版画にどれだけ魅了されていたのか、もっとはっきりわかった。

 ジョブズはバンビさんととても親しくしていた。やがて、新版画は、ジョブズとフェルナンデス親子を結ぶ“絆”のようなものになっていった。

 バンビさんには、ビルさんを含めて4人の息子がいたが、いつも遊びに来ていたジョブズを5番目の息子のようにかわいがっていた。