しかし、フェルナンデス親子の証言から、そもそも2人が住んでいた家こそ、ジョブズが初めて“美”に触れた場所となり、“日本”との出会いだったことがわかってきた。
壁に掛かっていたいくつもの新版画、とりわけ、巴水の作品こそ、ジョブズにはとても大切なものになっていったことを浮き彫りにしていた。
ジョブズをエレクトロニクスの
世界に引き込んだビル
ビルさんは、サンフランシスコ近郊のシリコンバレーで生まれ育ったが、いまはアメリカ南西部のニューメキシコ州のアルバカーキに住んでいる。
ジョブズとは13歳か14歳の頃、地元のクパチーノ中学校で出会ったという。
「スティーブとの出会いは、1967年6月か、1968年6月終了の学年のいずれかです。学校の67年のイヤーブックにふたりの写真は載っていませんが、68年のものにはふたりとも中学2年生の写真があります。私がクパチーノ中学校に転校したのは67年度でした。スティーブはそのあとから転校してきましたが、いつだったかは覚えていません」
当時、同級生はスポーツや演劇などをするグループに分かれていて、グループごとに会話や服装も異なっていた。しかし、ふたりはそんなことに興味がなく、そうしたグループに入っていない者同士でしだいに親しくなっていった。
ビルさんのお誕生日会。手前がビルさん、奥の中央がジョブズ、ジョブズの両側はビルさんの兄弟。 Courtesy of Bill Fernandez
互いの家を行き来したり、散歩に出かけて写真を撮ったりしていた。
人生の意味とは何か、僕らはなぜ存在するのか、女の子を好きになったらどうするか、ボブ・ディランをどう思うか、レイ・チャールズをどう思うか、フォークとロックはどうか。
そんなことを話しながら歩きまわっていたという。ジョブズは少年の頃から歩くのが大好きだった。







