彼には、ふつうの子どもにはない成熟さもあったという。
「スティーブはいつもこの家に遊びに来ていました。息子がガレージの一角につくった作業場で、ふたりは電子部品を使って工作をしていました。彼は好奇心が旺盛で、人と話すことが大好きでした。その頃から話すのが上手で、魅力的でした。ですから、私たちはいい友人になりました」
あらゆる版画を見ても
「巴水こそベスト」と断言
ジョブズは、リビングの壁に掛かっていた3枚の新版画(図1)に、目が釘付けになっていた。そこは、廊下を歩くときも、キッチンに行くときも、外に出るときも、いつも通る家の中心だった。
きっと、ガレージにこもっていたビルよりも、バンビさんのほうが、新版画の前を通るときのジョブズの様子を見ることが多かったのではないだろうか。
「スティーブは、ソファの上にあった3枚の新版画にひきつけられていました。別の作品を掛けたりしましたが、やっぱりその3枚がお気に入りでした。彼はよく部屋の反対側からその3枚を見つめていました。大きくなったある日、『僕にくれないか?』と言ってきたんです。『父のコレクションだからあげるわけにはいかないけど、いつでも見にいらっしゃい』と答えました」
『スティーブ・ジョブズ1.0の真実』(佐伯健太郎、晶文社)
ジョブズはとにかく、3枚の新版画をじっと見ていた。バンビさんは、それはジョブズが“日本”というものに初めて触れた場所になったとも話した。
ジョブズはとりわけ、巴水がお気に入りだった。バンビさんは、息子がジョブズにスティーブ・ウォズニアック(編集部注/Appleの共同創業者)を紹介し、共同でアップルを創業したあとの、ある日の会話を教えてくれた。
「スティーブは仕事で日本に行くようになると、向こうで画商を見つけて、きっといろいろな版画を見たんでしょうね。ある日、私が巴水の次に好きな吉田博(編集部注/洋画家、版画家)のことを話したんです。すると彼は、『ノー、巴水こそベストだ』と言い返したんですよ」







