そのジョブズをエレクトロニクスの世界に引き込んだのが親友のビルさんだった。

「エンジニアが多く住んでいた通りで育ち、中学2年のときにエレクトロニクスに興味をもちました。友達の父親からいろいろと教えてもらいました。そうしているうちにスティーブをエレクトロニクスの世界に誘い、一緒にプロジェクトを始めたんです。ふたりの家を行き来してガレージでものを作っていました。実際に機能するものを作るのは素晴らしいことでした」

新版画との出会いで
形作られたジョブズの美的センス

 ふたりの家のガレージはその後、ビジネス活動の拠点になっていった。

 パーソナル・コンピューターの歴史に残る場所として、ジョブズの家のガレージがとても有名だが、自転車で10分ほど離れたビルさんの家のほうが先輩格にあたる。ジョブズのコンピューターのキャリアはそこから始まったのだ。

 そして、ジョブズがよく遊びに行ったビルさんの家こそ、彼が日本文化と初めて出会った場所となった。

 部屋の壁に掛けられていた新版画は、母親のバンビさんが父親から譲り受けたコレクションだった。

 彼女はスタンフォード大学で極東の歴史を専攻し、日本のデザインや建築などの影響を受けて部屋を日本風にしつらえ、新版画をいくつも飾っていた。ビルさんが当時のジョブズを思い出しながら話し始めた。

「スティーブの家はとても小さくて狭く、箱のようでした。それがうちに来ると、部屋は明るくて風通しがよく、天然の木がふんだんに使われ、壁には美しい日本の版画が掛かっていました。スティーブはそれをとても気に入っていました」

 そのうえでビルさんは、彼の家で新版画に出会ったことこそ、ジョブズの美意識の原点になったと語った。

「それからです。彼がシンプルですっきりしたもの、自然の樹木、新版画のようなアートや美的センスがいいと言い出したのは。彼は生涯、シンプルさとエレガントさにこだわりました。それはアップルの製品にもよく表れていると思います」