それを尻目にファンドの投資家、コンサルやアドバイザー、金融機関というような、生産活動に直接携わらない人たちの方が金銭的に潤っていくように見えます。これでは、日本はどんどんとマネーゲームに流されてしまい、額に汗して地道に物を作り、サービスを提供する仕事に就くのがバカバカしくなる社会になってしまうのではないかという不安を抱く人もいるでしょう。
M&Aだけではなく株式投資の世界も同じです。モノづくりやエッセンシャルワークに携わる人たちが低賃金で搾取される反面、資産家や一部のベンチャー企業家は株の値上がり益で大儲けし、持つものと持たざる者の格差が広がる一方ではないか、という不満の声もよく耳にします。
こんな不安と不満を感じているサラリーマンや事業経営者の多くは、こう感じているでしょう。
「そもそも会社に値段をつけるから、世の中がカジノのようにおかしくなってしまった」「会社に値段をつけることは日本人古来の質素、勤勉の美徳、和をもって貴しとなす文化風土を損ない拝金主義への道を開く」と。
金融リテラシーの低さと
文化の違いは区別すべき
資本主義の本家本元の米国でも2008年のリーマン・ショックを境に、これらの反感・不満の声は高まり、株式市場や資本主義そのものの制度設計に問題があるのではという議論が活発に行われているので、その話は後段で検討します。
また、近年の中国資本による日本の不動産買いや観光客の爆買いブームを目にして、金儲け至上主義の外国資本が日本の良き伝統・文化を侵食し破壊していると捉える声も多くなってきます。
日本的なコミュニティへの影響という意味での懸念はよくわかりますが、会社の値段や株式市場をめぐる問題を文化や倫理の話と一緒にして議論すると話が混乱するので、もっとシンプルに考えたほうが良い、というのがこの世界で過去30年過ごしてきた私の実感です。
結論を先に述べると、外資系ファンドや海外投資家が日本市場でボロ儲けするとしたら、それは日本の投資家の金融リテラシーが低くカモになっているからであって、文化や価値観の違いの問題とは区別すべき、です。







