この深刻な供給問題は以下の事情から起こったとのことだった。自動車各社は08年のリーマンショック不況の販売落ち込みに対応するため、車載用ナビの購入量を2~3割落としたとのこと。さらに車載用ナビメーカーは自動車メーカーのジャストインに対応するため、液晶在庫は余裕をもって保有していたので、液晶メーカーへの発注が従来の7割、8割減になったとのこと。

 そのため三つあったクリーンルームのうち稼働していなかった二つのクリーンルームのうち一つを完全閉鎖してしまった。しかし、2010年になり車の販売が回復し、一気に車載用ナビメーカーからの注文が拡大し、深刻な供給能力不足となってしまったのであった。

 8月に入ると車載用ナビメーカーだけでなく、日産やホンダなど自動車メーカーからも直接フォローされるようになり、相手の深刻度を見極めて出荷の優先度をつけるという綱渡り的なやり方をせざるを得なくなった。

 このようななかアップル社から激震にも近い要求が届いた。8月末、営業担当K専務が私のところに飛んできて、

「アップルがTMD社にiPhone4用にLTPS液晶の専用工場を作ってくれと言ってきました。iPhone4が想定以上に販売好調な一方、LGディスプレイは相変わらず歩留まりが上がらないそうです。アップルは、今後のiPhoneはさらに拡大してゆくと考えているため、TMD社に専用工場を作ってもらいたいと強く言ってます」

 と言う。

 この信じられないような魅力的な提案は、しばらく私の頭の中をぐるぐる回っていたが、私はアップル社から好条件を出させることができる絶好の機会かもしれないと考え、次のような言葉を発した。

 「Kさん、アップルにこの話断ってくれ」

 Kさんは目をまん丸にして「アップルからのお願いですよ。それを断るなんて……」と言う。私は「アップルも驚いて、何故断るのかと理由を聞いてくるはず。そしたら『TMD社は、アップルのために世界一高精細で電力消費が少ないLTPS液晶を作る自信がある。

 しかし、08年リーマンショック不況以降赤字が累積し、現在債務超過状態である。東芝グループでは、債務超過の子会社は一切の投資が認められていない。今回は本当に残念だが、断らざるを得ない』とアップルに伝えてくれ」と言った。

 K氏が伝えてから1時間ほどたったころ、またK氏が私のところに飛んできた。