田中:売れている作家はもちろんのこと、文学史上で重要とされている作家も、ちゃんと伝わるものをつくっていて、だからこそ売れたり文学史に残ったりしています。作家は単に自分の部屋の中でネチネチ書くだけでなく、自分のテリトリーから出て、世の中に自分を開いていかないといけない。わかりやすいものでないと読者に届かない。届かなければ元も子もないとは思います。

 それでも仕事をしているときはどうしても、自分がどういうものを書いてるかという客観的な意識がちょっと飛んでしまうことがままあります。私は一行一行、何かを潰していくようにしか書けないので、全体を俯瞰して見る目が足りなくなってしまうのです。

『堕落論 住めば都のディストピア』書影堕落論 住めば都のディストピア』(田中慎弥、落合陽一、徳間書店)

 それで書き上げてみると「何だこれ」みたいなものができたりして、ときに「田中さんの小説は何が言いたいんですか」と言われることがある。まあそういう感想にもなるだろうなと思います。書いている本人も把握しきれていないところがあるのですから。

落合:「週刊少年ジャンプ」の編集長だった鳥嶋和彦さんに、「ジャンプ」に掲載させてもらえる作品の条件を尋ねたことがあります。するとシンプルに、「わかりやすくて新しいことだ」と教えてくれました。なるほど、と思いました。わかりやすくて新しい作品であれば「ジャンプ」で連載がはじめられるのです。

 とはいえ、単に新しいものはつくれるかもしれませんが、それに加えてわかりやすいものは、なかなかできません。わかりやすいだけのものもすぐつくれそうですが、同時に新しいものはそうそうできません。「わかりやすい」と「新しい」を両立させるのは至難の業です。

 読者がすでに持っている回路を使ってすんなり解してもらいながら、見たことのない景色を見せる。それがヒットの法則なのでしょう。