「高圧経済」はインフレをもたらす
必要なのは供給サイドの中長期戦略
高市政権が標榜する「高圧経済」とは、経済の供給面(サプライサイド)ではなく、財政と金融の両面から圧力を加えて需要超過で運営することによって、失業を抑える一方、消費を喚起して需要面(デマンドサイド)を拡大しようとする政策だ。
こうした政策が有効なのは、経済の潜在成長率が高く、需要がそれに追いつかない場合だ。つまり遊休資源が多い場合だ。
ケインズ経済学が想定したのはこのような経済だが、現在の日本経済はそのようなものではない。
潜在成長率が低いままでは、成長余地は限られている。そうした状況下でいくら需要を拡大しても、インフレを昂進させるだけで、経済の持続的な成長は望めない。
春闘で賃上げ率を引き上げても、あるいは、高圧経済によって経済成長率を高めようとしても、インフレが昂進するだけの結果になってしまう。
TFPを引き上げるには、なぜTFPが低下したかの分析が必要だ。
TFPとは技術進歩やイノベーションの要素が大きいが、ただしこれは、「新しい技術の発明や導入」という狭義の技術進歩だけではない。
人材の能力向上や、組織の効率化などもTFPに含まれる。
日本の場合には、必要とされ求められる人材が技術の進歩とともに大きく変化したにもかかわらず、教育体制がそれに対応できなかったことが、TFPの伸び率を引き下げた重要な要因であると考えられる。
日本経済の最大の問題は、インフレという新しい局面に入りながら、それを支える賃金・成長・人材の構造改革が追いついていない点にある。
これは金融緩和を続けても、景気対策を拡大しても、解決できる問題ではない。構造改革の遅れこそが問題なのだ。
育成図る「デジタル人材」の中身も変わる
高等教育機関の拡充や質の向上が重要
高市政権も「危機管理・成長投資」を成長戦略に位置付けてはいるが、戦略分野としている17分野は網羅的で焦点が定まっておらず、財政バラマキに陥る危険がある。
最も重要な政策課題は、供給面の改革、とりわけ人材育成への本格的な投資だ。
ここで重要なのは、AIの進歩によって、必要とする人材の質が大きく変わることだ。
「デジタル人材」といえば、これまではプログラミングの能力が不可欠と考えられていたが、生成AIの進歩によって、そうした能力の重要性が低下している。
必要とされるのは、いかにAIを使いこなせるかという能力だ。
こうした状況の下では、教育機関は、実務にすぐ役立つ能力というよりは、どのような仕事にも対応できる基礎的な教育に重点を置くべきだ。
大学をはじめとする高等教育機関の拡充と質の向上、社会人の学び直しの促進、高度専門人材を正当に評価する労働市場の整備が不可欠だ。人材への投資こそが生産性を高め、潜在成長率を引き上げて、実質賃金の持続的上昇を可能にする。
物価を上昇させるだけでは、日本経済は豊かにならない。これまでの経験が示したのは、そうした厳しい現実だ。
今後の日本に求められているのは、需要を増やそうとする目先の対症療法ではなく、経済の基礎体力を鍛え直すための供給サイドの長期的戦略だ。
その中心に据えられるべきは、人材であり、教育である。これを実行できるかどうかが、日本経済の将来を決める。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)







