【相談者の実践報告】

 こんなたいしたことのない悩みを先生に相談したところで、劇的な気づきは得らないだろう。相談を書いているときは、そう思ってそこまで期待していませんでした。

 私は、朝何時に出社するかを、仕事に対するモチベーションのバロメーターにしています。たとえば始業時間ぎりぎりに駆け込むときは、たいてい仕事に何かしら抵抗があるときです。早めに着くときは、仕事で新しい発見があったなど、気持ちが乗っているときです。

 昨日の朝までは早く到着でき、良い状態が続いていました。しかしその日、会社に着くなり社長から声をかけられ、午前中いっぱい一対一で話をすることになりました。内容は、「もっと会社に貢献してほしい、他の部署の残業している同僚を見習ってほしい」といったものでした。

 社長の前では笑顔を保ちましたが、そのあと一気に爆発してしまいました。「仕事に生活を侵食されたくない」という私の引いたラインを踏みにじられた気がしたのです。

 帰宅して家族に愚痴を吐いたあと、今後半年間の計画を立てました。いつ退職し、退職後は何をし、いつから就職活動を始めるのかについてです。退職することは決めましたが、社会人として初めて働いた会社ですし、初めての退職でもあります。気持ちは揺れ動き、感傷的にもなりました。

 そして今朝、先生からの回答を受け取り、手掛かりの端っこをつかめたような気がしました。早速自分でやってみるとさっと書き終え、すぐに家族を急かしてやらせました(ははは、私って強引なんですよ)。みんなの答えからそれぞれがどう思っているかもすぐにわかりました。

 でも、私はかえってよくわからなくなってしまったのです。本当は2日ほど寝かせてから報告するつもりでした。でも、今感じているこの戸惑いこそが、まず報告すべきものなのかもしれません。

 では、全員の回答から報告します。回答者は両親と恋人、それに私です。

 全員が、私には朝9時から夕方5時の勤務を望んでいます。早く帰宅し、仕事以外の時間は趣味などに使ってほしいと思っています。そのうえで、母は私と過ごす時間が欲しい、父はできれば私と一緒に事業を始めたい、恋人はうちに来て私が作った夕食を一緒に食べたいと思っています。

 質問がわかりやすいので、答えも明確でした。だからこそ、自分の中の「あいまいな部分」だけが、逆にはっきり浮かび上がってきたように思います。それが何なのかはまだうまく言えません。ただ、そこが整理できれば、進む方向も自然に決まっていく気がします。

 それぞれの回答を読み返してみると、「一緒に過ごしたい」「事業を始めたい」「夕食を一緒に食べたい」と、どれも具体的で、はっきりした要望でした。ところが私だけは、「最近、自分の時間がなくてできていないことをやりたい」と書いていました。そこには、これといった望みはないようにも見えます。さらにそれは、残業をしたとしても、どこかで時間を見つけて少しずつでもできるはずです。

 そう考えると、私の答えはますます頼りなく感じられました。大学卒業を目前に控えた頃、息苦しさを覚えるほど悩まされた問いが、姿を変えてまた私の目の前に立っている――そんな気がしました。

「どんな人になりたいの?」「これから何をやりたいの?」「どんな人になれると思う?」

 どれも大きすぎて、つかみどころがありません。当時も今も、私は結局「まずは様子を見ながら考える」という選択をしてしまいます。

 ここ数年、私は「無気力状態」に徹しようとしていた気がします。夢をあきらめた結果、無気力になってしまったのか。あるいは、しなやかに生きているふりをしてきただけで、本来の無気力な自分に戻ろうとしていたのか。本当のところはわかりません。

 ただ、私にも情熱や気力が、まだ少しは残っている気がします。無気力でいようとしたのは、情熱があるせいで傷ついたり、挫折したりすることを避けたかったからなのかもしれません。あるいは、その情熱を仕事以外の何かに向けたかったのかもしれません。

 家族はみんな、私の残業に反対しています。でも私は、自分の限界もわかっています。残業が毎日でなければ、2時間以内なら何とかなる、自分なりに対応できると思っています。

 これが現時点での私の考えです。だらだらと書いてしまいましたが、報告とさせてください。

【リ・ソンウェイ先生の解説・コメント】

「相談者は、自分の悩みを書いて整理した時点で、すでに半分は解決できている」

 この相談を読んだ多くの読者から、こうした感想が寄せられました。

 まったくそのとおりです。本来、誰かが自分の代わりに悩みを解決してくれるなんてありえません。実際、これ以外の多くのケースで、相談者は自分の力で答えを見つけています。

「仕事を辞めるべきか」「部署異動をするべきか」「業種を変えるべきか」――こうした相談は山のようにあります。

 これらの悩みに対する正解を、もちろん私は持っていません。今回の相談者も含め、最終的には自分で答えを出すしかないのです。私はただ、その背中を押す役割にすぎません。

 ただし、答えは人それぞれですが、そこへ至る過程には共通点があります。

 それは、過去と同じ考え方を繰り返さないことです。堂々巡りしているだけでは新しい考えは生まれませんし、答えは永遠に得られません。必要なのは、今までやったことがない何かを試すことです。

 今回で言えば、家族の意見を聞くことがその試みでした。もちろん「あっさり退職」という選択も大胆な試みの一つです。

 私が「試み」と呼ぶわけは、それが一生を決める決断ではないからです。

 多くの人は、決断できずに最終的な答えを欲しがりますが、どこにそんな答えがあるというのでしょう? 今年はこう思った、だけど来年は違う――それでいいのです。どれも段階的な試みにすぎません。まずは試してみなければ結果は得られません。それが正しいかどうかは時間がそのうち教えてくれます。肩の力を抜いてやってみて、間違えたなら変えればいいだけです。

 なお、試すうえでは「安全であること」も大切です。もし失敗したときに備えて、受け皿を用意しておくとよいでしょう。

 さらに、家族の意見を聞くことも有効です。

「どんな仕事をするかは個人の問題なのに、なぜ人の意見を聞く必要があるの?」

 そう思う人もいるかもしれません。けれど、家族の意見を聞いてよい理由は簡単です。――聞くだけだからです。他人の意見に従う必要はありません。ただ、私たちが快適に毎日を送るには、多少なりとも他の人の参加が必要だということは否定できないのです。