そこには、世界の諸事に張り付いて、「私」が、身動きが取れなくなっている感覚を感じます。
世界との接点が戻るとき
心は回復へ向かっている
俳句療法は、2週間に1回なので、隔週でお会いするのですが、2週間たつと、少しずつ変化してきます。
まず、俳句を作ろうという意欲が少し高まったように感じたり、表情も穏やかになってきたり、天気などの雑談もできるようになります。そのような雑談ができるような段階では、俳句に季語が入ってきます。
俳句療法は、上手な句を作ることが目的ではなく、句を詠む時間を通して、周囲のさまざまな事柄に目を向けたり、周りの事柄を通して、自分がどう心を動かされたかを、ふり返り、そしてともに共有していくプロセスが重要になります。
多くの方は、回復してくるに従って、季語が登場したり、季節の光景から受けた感覚の生き生きさが出てきたり、俳句の扱う世界が広がっていきます。
季語が出てくることは、世界との接点が回復しているサインととらえることもできそうです。「私」の心と身体に、厚みが生まれている感じがします。
俳句で、自分が感じたり考えたりした世界を、季語も使って自由に詠むことができるようになった頃には、退院の話も出てきたりします。その頃になると、俳句にも変化が起きてくることもありました。
退院日 決まりそうな 彼岸かな
アジサイを みながら 皆で散歩した
『歩くと心が軽くなるのはなぜか――散歩の心理学』(元永拓郎、筑摩書房)
こちらも、患者さんの俳句そのものではなく、当時の病棟の昼下がりの窓から差し込む光を思い出しながら、似た雰囲気のものを作ってみました。入院の体験を振り返ったり、ちょっとした思い出にふれたり、退院を意識したやや気負った息遣いが詠まれたりもします。
もちろん、さまざまな患者さんがいますし、診断や病状もさまざまだったり、俳句にはなじまない年代の人もいます。時代も平成の頃の話ですので、現在の病棟事情とは異なるかもしれません。
しかし、精神的な病に圧倒されて疲弊していた状態から、少しずつ回復していくプロセスを、そして季節も含めた周囲の世界との間が活性化する姿を、垣間見ることができました。
このような患者さんの変化をみていると、もちろん主治医による薬物療法と精神療法、病棟看護師の専門的な精神科看護も、非常に強力かつ効果的なのですが、ただ休むこと、周囲と自然体でかかわっていくこと、そして世界と私の間でそのままたたずむこと、などの中で、本人が持っている自然治癒力といったものが、発動するとも感じます。







