西興部渡部志乃さん

2025年に全国でクマによる人身被害が相次ぎ、政府は対策強化の切り札として「ガバメントハンター」の創設を打ち出した。しかし、2026年も各地でクマの出没や人身被害が続いている。クマ対策の担い手は本当に育つのか。シカやイノシシとは比較にならない危険が伴うクマ猟の現場を、2024年から挑戦を続ける女性猟師の歩みから追った。(フリーライター 伊藤博之)

クマを撃てても
不安感に襲われる理由とは

 2024年5月、渡部志乃さんは有害鳥獣捕獲でエゾシカを探そうと、西興部(にしおこっぺ)村の未舗装の村道を車で走っていた。それまでに村内で獲(と)ったエゾシカは120頭ほどを数える。

 オホーツク海から押し寄せる流氷で有名な紋別市から車で小1時間ほど山間に入った西興部村は、真冬だと最低気温が零下10度を下回り、最深積雪は1メートルを超える。でも5月になれば白銀から新緑の世界に変わり、村道の脇には青々とした牧草地が広がっていた。

 すると山の斜面を背にした100メートル先の牧草地の縁で、何か動いている黒い塊が見えた。車を止め、ドアを開けたまま外に出る。黒い塊はヒグマで、芽吹いて間もない草花をむさぼり食べていた。一瞬、ヒグマがこちらへ振り向いた。しかし、食べるのに夢中なのか、逃げるそぶりを見せない。

「ヒグマはそうそう撃てるもんじゃないぞ。撃てるときは撃て」。狩猟の師匠である中原慎一さんの教えを思い出す。牧草の上に腰をおろし、もっとも得意とする座り撃ちの姿勢で相棒のハーフライフル銃を構えた。

 スコープの十字線の中心を、ヒグマの前脚の付け根に合わせる。「あばら3枚」といって、心臓や肺があるバイタルゾーンだ。息を静かに吐きながら、絞るように引き金を引く。「ダーン」という音が響いてヒグマが倒れる。

 撃てた高揚感は微塵(みじん)もない。逆に先々の不安感に襲われる。