「ヒグマが何も警戒していないときは、『並足』といって歩幅が一定の間隔で空いた足跡がトコトコとついている。それが危険を察知すると、足幅が短くなる『早足』や『疾走』の足跡に変わるんだよ」

クマの「止め足」を
見落としたら襲われる

「怖いのは『止め足』で、ヒグマは猫のようにくるりと首だけを後ろに向け、その姿勢のまま自分がつけた足跡をなぞるように戻る。それから、ふいに脇の笹藪に飛び込んだり、倒木に飛び移って立ち木の後ろに回りこんだりして、自分の足跡を消した上で追っ手が行き過ぎるのを待ち構えるんだわ」

 そんな止め足を見落としたら、後ろや脇からヒグマに襲われるのは必然。中原さんと渡部さんは、周囲への警戒感をさらに高める。慎重の上にも慎重を期して進める距離は、30分でわずか100メートルほど。

 静まりかえった雪山の中で時が過ぎるのを忘れて進み、確実に撃てる距離まで追い付いた中原さんはヒグマを倒した。「この間の1分・1秒におけるヒグマとの駆け引きは、かけがえのない体験として身体に刻み込まれたのです」と渡部さんは話す。

銃に込める弾は
「常に1発」の深い理由

 まさにヒグマ猟は命懸け。バイタルゾーンを外した「半矢」のヒグマが、怒り狂って反撃してくることがある。そんなとき、中原さんはヒグマが5メートルほど先まで来るのを待って、腰だめにしたライフル銃を撃つ。

「時速50キロメートルで向かってくるヒグマを狙ったって当たるもんじゃない」と言う中原さんが、銃に込める弾は常に1発。複数の弾を入れて弾詰まりを起こしたら、まさに命取り。その教えを渡部さんは守っている。

「いざとなったら、ヒグマの口に突っ込んで撃て」。22歳で猟銃を手にした中原さんに、師匠だった叔父さんが授けたヒグマ猟に向き合う覚悟だ。

「そうならないように気をつけています」と言うものの、その覚悟も渡部さんはしっかり受け継いでいる。そんな渡部さんは協力隊の任期が終了した後、2025年4月から役場のヒグマをはじめとする鳥獣・観光担当として、西興部村での第2の人生を歩み始めた。