子はどんな形にもできる
「粘土の塊」ではない
もうひとつは、遺伝学研究は遺伝的にも環境的にも正常な範囲のばらつきを描写しているという点である。単一遺伝子や染色体の異常に起因する深刻な遺伝的問題、ネグレクトや虐待などの深刻な環境的問題は、子どもの認知能力や感情の発達に大きな負の影響をおよぼす。しかし幸いなことに、遺伝や環境のこうした極端な問題はめったになく、集団のばらつきにはほとんど寄与しない。
あなたがどのような子育てをしたところで、子どもの心理的発達に違いを生むことがないとしても、子どもにとって、親や子育てがきわめて重要であることに変わりはない。子どもの人生において、親との関係は最も大切なものなのだ。
それでもやはり、子育て中のみなさんにどうしてもお伝えしたいのは「子どもは親が望むどんなかたちにもできる粘土の塊ではない」ということ。
『こころは遺伝する:DNAはいかに〈わたし〉を形づくるか』(ロバート・プロミン 河出書房新社)
親は、設計図どおりに子どもを組み立てられる大工ではないし、自分好みのかたちに近づけるために植物を育てて剪定する庭師でもない(注1)。親が子どもの成りゆきに与える系統的影響は、子どもに与えた遺伝子の青写真を超えてはほとんど見られないのである。それが、子育てについての遺伝学研究がもたらした衝撃的かつ深遠な発見である。
さらに親が知っておくべきなのは、子どもの成長に影響する遺伝以外の要因は、親にはコントロールできないランダムな経験だということ。しかしそうした環境の影響は、長い目で見れば大した違いをもたらさない。ランダムな経験の影響は時間とともに薄れていく。
たとえ両親の離婚や引っ越し、友だちとの別れといった困難な経験をしても、すぐに気を取り直す子もいれば、しばらく経ってから自分を取り戻す子もいる。いずれにしても、だれもがいずれ、自分自身の遺伝的な軌道に戻っていくのである。
注1 発達心理学者のアリソン・ゴプニックも「親は子どもを組み立てる大工ではない」という同様の見解を示している。「子どもの世話はとても重要だが、子育てとは子どもを特定のかたちにすることではない。親はむしろ庭師に近い存在であり、子どもがすくすく育つような条件を与えるのがその役割なのである」というのが彼女の考えだ。
しかし私は、庭師の役割がある特定の結果を得るために植物を育てたり、刈り込んだりすることなら、親は庭師ですらないと考えている。これまでの章で紹介した遺伝学研究から私が得た結論は、子どもの成りゆきに対して親が与える影響は主に自らの遺伝子が提供する青写真によるものであり、それ以上の系統的な影響はほとんど与えないというものだ。
さらに、子育てとは目的のための手段ではないという意味で、親は大工でもなければ庭師でもない。子育てとは関係であり、パートナーや友人との関係と同じく、子どもとの関係も、大切なのは一緒にいることであり、子どもを変えることではない。以下を参照されたい。
Alison Gopnik, e Gardener and the Carpenter : What the New Science of Child Development Tells Us about the Relationship between Parents and Children (Bodley Head, 2016).[アリソン・ゴプニック『思いどおりになんて育たない:反ペアレンティングの科学』渡会圭子訳、森北出版、2019]
しかし私は、庭師の役割がある特定の結果を得るために植物を育てたり、刈り込んだりすることなら、親は庭師ですらないと考えている。これまでの章で紹介した遺伝学研究から私が得た結論は、子どもの成りゆきに対して親が与える影響は主に自らの遺伝子が提供する青写真によるものであり、それ以上の系統的な影響はほとんど与えないというものだ。
さらに、子育てとは目的のための手段ではないという意味で、親は大工でもなければ庭師でもない。子育てとは関係であり、パートナーや友人との関係と同じく、子どもとの関係も、大切なのは一緒にいることであり、子どもを変えることではない。以下を参照されたい。
Alison Gopnik, e Gardener and the Carpenter : What the New Science of Child Development Tells Us about the Relationship between Parents and Children (Bodley Head, 2016).[アリソン・ゴプニック『思いどおりになんて育たない:反ペアレンティングの科学』渡会圭子訳、森北出版、2019]







