結局、その子は近所の公園で友だちと遊んでいた。
何事もなく、無事に見つかった。
「よかったですね」
保護者にそう伝えながら、H先生は胸をなで下ろした。
本当に、何もなくてよかった。
だが、その1時間近く、手元の仕事はすべて止まっていた。
誰かが怪我をしたわけでもない。事件になったわけでもない。
だが、教師の時間は確実に削られていく。
昔なら「そのうち帰るだろう」で済んだことが、今は学校への連絡事項になる。
心配する親の気持ちは分かる。
だが、その不安がほぼ無条件に学校へ流れ込んでくる構造の中で、教師の放課後は静かに消えていく。
子どもの所在確認が済んでも
保護者対応は終わらない
ようやく子どもの所在確認が終わり、H先生が職員室に戻ったころには、すでに夕方になっていた。
本当なら、ここからがその日の「自分の仕事」の時間だった。
机の上には、今日中に片づけたい仕事がいくつも残っている。学級通信の文面確認、提出物の整理、生活記録への記入、明日の授業で使うプリントの修正、板書計画の見直し。どれも「今やらなくても明日死ぬわけではない」が、「今日やらなければ確実に明日の自分が苦しくなる」仕事ばかりだった。
しかも今日は、保護者面談が入っていた。
もともとは18時開始の予定である。
18時でも十分遅い。教員の感覚でいえば、すでにかなりの時間外だ。
それでもH先生は、「18時開始なら、もし20分から30分で終われば、そのあとまだ少しは授業準備ができる」と計算していた。面談が18時20分、遅くとも18時半で終われば、そこから1時間半ほどは教材に向き合える。
19時半までにプリントを仕上げ、印刷を回し、明日の流れを確認して帰る。そうすれば、帰宅は遅くなるにしても、授業準備を中途半端なまま翌日に持ち越さずに済む。
だが、その見込みは昼過ぎに崩れた。保護者から連絡が入ったのだ。
「すみません、仕事が長引きそうでして。18時には間に合わないんです。19時からにしていただけませんか」







