断りにくい依頼だった。
相手も働いている。学校に来たくなくて遅らせるわけではないのだろう。
H先生は一瞬言葉に詰まりながらも、「分かりました」と答えるしかなかった。
電話を切ったあと、H先生は無意識に時計を見た。
たった1時間遅くなるだけ。外から見れば、そう思われるかもしれない。だが、学校現場ではその1時間が重い。
18時に面談が始まるなら、その直前の30分、40分は「面談前の時間」として使える。
メモを整理し、議題を確認し、少しだけでも事務作業を進めることができる。だが19時開始になると、18時から19時の1時間は、意外なほど中途半端になる。
残業しているのに
仕事は進んでいない
大きな仕事には手をつけづらい。
教材研究のように頭を使う作業に入ってしまうと、ちょうど考えが乗ってきたところで面談の時間になる。印刷室に行って大量のプリントを刷り始めれば、途中で保護者が来たとき対応が遅れる。帰るわけにもいかない。電話が入るかもしれない。管理職から、面談の共有事項を確認されるかもしれない。
結局、その1時間は「何かを始めるには短すぎて、何もしないには長すぎる待機時間」になる。
H先生は、面談用のメモを机の端に置きながら、目の前の教材を見た。
明日の算数は、少し工夫が要る単元だった。理解の早い子はすぐ先へ進んでしまうが、つまずく子は最初の段階で止まる。導入をどうするかで、授業の空気が大きく変わる。
今日はそこをじっくり考えたかった。
しかし、時計は18時を回り、18時20分になり、18時40分になった。
面談が19時から入っていると思うと、結局、深く授業準備には入れない。
プリントのレイアウトを少し直し、メモを見返し、保護者対応で伝えるべき内容を頭の中で整理する。それだけで時間が過ぎていった。
この「待っているだけの1時間」が、H先生にはひどく虚しかった。
残業しているのに、仕事が進まない。
学校に縛られているのに、授業の質は上げられない。
時間だけが削られていく。
19時ちょうど、保護者が学校に到着した。面談は20分ほどの予定だった。だが、始まってみると、話はすぐに横道へ広がった。







