どの時代にも、未知の経営環境が生まれ、その変化に対応するための新たな仕組みづくりや戦略構築とその実践が必要になる。それに対しての必要な知識や経験は異なるものでも、本質的な見方・考え方、変化に対峙する姿勢というものはさほど変わるものではないと私は思います。なぜなら経済も経営も、それを行なう主体は、あくまで「人間」であり続けることに変わりはないからです。
業績悪化を予測できず
社内で針のむしろに
2000年から2006年まで、中村邦夫さんは社長をつとめ、就任当初の2000年の業績は、予想を上回るペースで順調に推移していました。
そこでCFOとして私は2000年末に、通期(2000年4月~2001年3月)の業績見通しを上方修正する提案をしました。
ITバブルの崩壊が起きたのは、その直後のことでした。資本市場は大きく動揺し、それまでのITブームの中で果敢に挑戦をした企業が大きな痛手を負うこともあったと記憶しています。
松下電器も急激に業績が悪化する中、携帯電話やパソコンを中心とする製品の売上が激減しました。
翌2001年2月には、慌てて通期の業績予想を下方修正せざるを得ない状況に陥ったのです。まさに大失態でした。
自社の業績の見通しに責任を持つ立場のCFOとして、このリスクをなぜ予測できなかったのか。その悔恨と同時に、社員だけでなく、市場や社会に間違ったメッセージを送ってしまったことに心が痛む毎日でした。
そして幸之助創業者の、《信用を得るのは長い年月を要するが、失うのは一瞬》という言葉が身に沁みる日々でもありました。
社外だけでなく、社内での信用も同様で、日に日に業績が悪化する中で、社長である中村さんからの私への信頼、そしてその関係性が悪化したのは無理からぬことでした。
しかも、その影響の余波が、経営幹部全体にも及んでしまい、ある日の経営検討会議では、全員が何も発言せず、15分間ほど沈黙が続いたこともありました。







