
やりたいことがなくても目一杯生きる
幼い子どもへの愛情を感じるからこそ、母への思いも募りそう。
直美はさっそく瑞穂屋へ卯三郎の話を聞きにいく。手前には犬張り子が飾ってある。これは出産のお守り。母子の情を想起させる小道具がさりげなく選ばれている。
卯三郎の証言は、ますます、文が直美の母と確信させるものだった。
文は、明治元年(1868年)、卯三郎にはじめて横浜で会ったとき、詐欺を仕掛けてきたという。
「私、詐欺まがいのことをしたことがあります」
直美は文に共感を覚える。
「お金持ちと結婚しようと。相手も結婚詐欺師だったので、うまくいきませんでしたが」
それを聞いた卯三郎はつい笑ってしまう。
詐欺なんてひどいとは思わず、生きるために必死だったのだろうと文のことを理解できる直美。
そこまでして生きようとしてたのに、やりたいことが何もないと文が言うのはなぜだろう。
「彼女なりに目一杯生きているんじゃないですかねえ」と卯三郎。
その頃、文は、カーテンを開け、なかの化粧台の前に座っている。そこには例の髪飾り。
やりたいことというと、当時の女性としては、結婚し子どもを育てることや、何らかの夢をもって職業に就くということだろうか。この頃「やりたいこと」という、いまのような概念はあったのだろうか。江戸時代までは親ガチャならぬ、生まれたときに武士とか農民とか、やらなければならないことが決まってしまっていたわけだから。
とりわけ男女差があった女性の場合は、家のために嫁ぎ、子どもを生むということがほぼ決められていた。言葉は悪いが、ただそれだけだったのだ。いまでは信じられない。
やがて「やりたいこと」の概念が一般に広がりはじめていまがある。
「やりたいこと」がなくても、植物だって動物だってただ生きている。人間だって基本はそうで、そこに「やりたいこと」という意志が後付けされた。生きているから、おなかも減るし、できるだけ体調や気持ちをよくしたくなるだろう。ただそれだけのことがかけがえのないことなのだと思う。
高い目標があってもなくても、誰もが生きる権利や自由がある。自分なりに「目一杯生きる」それで十分だ。







