多くの企業が、多大な時間とコストをかけて戦略をつくり上げている。それにもかかわらず、それが成果に結びつかないケースは後を絶たない。IGPIシンガポール代表取締役として、日本、東南アジア、インドで数多くの企業経営に伴走してきた坂田幸樹氏は、その原因が「戦略を取り巻く前提そのものが変わったこと」にあると指摘する。「戦略立案」と「戦略のデザイン」は、何が違うのか。『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)の著者に、二つを分ける決定的な一線を聞いた。
Photo: Adobe Stock
「静的な戦略」から「動的な戦略」へ
――多くの日本企業は、戦略立案に膨大な時間をかけています。しかし、立派な戦略ができあがっても、なかなか成果につながりません。なぜでしょうか?
大きな原因の一つは、戦略を取り巻く前提が変わっているにもかかわらず、戦略のつくり方が従来のままであることです。
かつて戦略とは、まずゴールを定め、次に現状を分析し、その差分を埋めるものだと考えられてきました。多くの方が学んできたのも、この考え方だと思います。
しかし、変化の激しい現在では、その前提が成り立ちにくくなっています。
市場や技術、顧客の価値観が目まぐるしく変わり続ける中では、数年後のゴールを一点に定めること自体が困難です。自分たちの現在地も、競合や顧客、社会環境の変化によって動き続けます。
それにもかかわらず、「経営陣が戦略を完成させ、それを現場が実行する」という従来の進め方を続けていれば、戦略と現実の間には次第にズレが生じます。
――では、これからの時代には、戦略をどのように考え、つくっていけばよいのでしょうか?
戦略を、完成させてから実行する「静的なもの」ではなく、実行しながら学び、状況に応じて磨き続ける「動的なもの」として捉える必要があります。ここが、従来の「戦略立案」と「戦略のデザイン」を分ける決定的な違いです。
ゴールも現在地も変化し続ける以上、経営陣だけで戦略を決め、それを現場へ落とす進め方には限界があります。これからの経営に求められるのは、企業が向かう方向を示し、そこに必要な資源を配分することです。
一方の現場は、その方向性を踏まえながら、顧客や市場の変化を取り込み、具体的な打ち手を試し、戦略を磨いていく。
経営と現場がそれぞれの役割を担いながら、実行を通じて戦略をつくり続ける。この動的なプロセスこそが、「戦略のデザイン」の本質です。
PVSで、戦略を動かし続ける
――著書では、戦略をデザインするためのフレームワークとして、Perspective(視点)、Value(価値)、System(仕組み)の3つの軸を挙げています。PVSを用いることで、戦略のつくり方はどのように変わるのでしょうか?
Perspectiveとは、企業が目指す未来の方角を示す、戦略の上位概念です。その方向性に沿って、まずは目の前にある具体的な課題を解決し、小さく価値を生み出してみる。これがValueです。
次に、その価値を一度きりの成果で終わらせず、継続的かつ再現可能な形にするための仕組みをつくる。これがSystemです。
さらに、その仕組みを土台として、より広い顧客や社会に新たな価値を提供していく。つまり、PerspectiveからValueを生み出し、それをSystemへと発展させ、そこからさらに大きなValueを生み出していくのです。
重要なのは、経営が一つひとつの答えをつくって現場へ落とすのではないという点です。
Perspectiveで方向性を示し、Systemで仕組みを整えることで、現場はそれをもとに自律的に価値を生み出し、戦略を育て続けられるようになります。
つまりPVSは、戦略を一つの完成形に落とし込むためのフレームワークではありません。目指す方向を起点に、小さく価値を試し、仕組みに変え、より大きな価値へと広げていく。この循環を回し続けることで、変化する環境に合わせて戦略そのものをデザインし続ける。それがPVSの考え方です。
――戦略を静的な計画として捉え続けている企業では、どのような問題が起きるのでしょうか?
例えば、これまで通り3年間の中期経営計画をつくっているような会社は、中計を実行している間に市場環境や顧客ニーズなどの前提が大きく変わってしまいます。
しかし、中計は前提が変わらないことを前提に設計されているため、実行を進めるほど現実とのズレが広がってしまいます。
その結果、本来は課題解決を進めるべきところが、変わり続ける環境に合わせて計画を見直すことに追われ、実行が後手に回ってしまいます。これは、企業の競争力を失う原因にもなり得ます。
戦略は「デザインする」時代へ
――読者が「戦略をデザインする側」に立つためには、まず何から変えるべきでしょうか?
戦略を動的なものとして捉えること。これに尽きます。
いまは、やってみなければ分からない時代です。例えば生成AIも、登場する前からその使われ方を正確に予測できた人はいませんでした。実際に社会へ広がる中で、開発者すら想定していなかった活用法が次々と生まれています。
市場環境の変化が比較的小さい業界など従来型の戦略立案が有効な業界もありますが、多くの業界では、変化のスピードがかつてないほど速くなっています。だからこそ、まずは動く。
そして実行を通じて学び、その学びを戦略へ反映し続ける。この姿勢がこれまで以上に重要になります。
これからの時代に求められるのは、一度きりの戦略を立てる力ではありません。変化を前提に、戦略を動的に捉え、デザインし続ける力です。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




