写真はイメージです Photo:PIXTA
人間は「なぜ」「どうして」と問うことで文明を発展させた。その一方、因果関係を求めるようになったことで他者を責めたり、差別を生み出したりした。対して動物は、誰かを責めることもなく、ただ「今」を受け入れるという。学者と獣医師が、人間が動物から学べることを語り合う。※本稿は、霊長類学者・人類学者の山極寿一、獣医師の小菅正夫『動物はふしぎ』(ポプラ社)の一部を抜粋・編集したものです。
「なぜ=WHY」まで
問えるのは人間だけ
小菅:人間の子どもは「なぜ」「どうして」と問いますよね。動物はこうした問いは発さない。これも、言葉をもった人間だからこその問いなんでしょうか。
山極:WHYというのは、人間に特有の問いです。子どもたちの「なぜ=WHY」という問いの中には、「どうして=HOW」も入っているんですが、動物が到達できるのは、このHOWまで。WHYには、言葉がないと答えられません。
小菅:なるほど、そうですね。
山極:言葉は、因果関係を伴うんですよ。だから我々は、起こっている現象を目の前にして「なんで」「どうして」こういうことが起こったんだろうかと考える。たとえば、僕が付き合ったゴリラもHOWまでは到達する。
「子どもがこんな行動を起こした。その前に何があったのか」というところまで推察はできます。しかし、「なぜこんな行為をしたのか」というところまではいかない。そこが言葉を持っている人間と言葉を持たない動物の境じゃないでしょうか。
過去の出来事は「なぜ」というところまで遡って考えることができるし、逆にこういうことをしたら、将来こういうことが起こるぞという将来を予測することにつながる。それが因果関係です。







