山極:ところが、人間はいつの頃からか、因果関係を求めるようになってしまった。そうすると、たとえば事故に遭って大ケガをしてしまったら、「なんであんなことになったんだろう」「あんなことにならなかったら、私は健康のままでいられたのに」と悔やむ。
「なんで」と原因を調べてみたら、実は母親と喧嘩をして、やけになって飛び出したからだということに行き着く。
そうすると、「原因は母親にあるんじゃないか」などと、不確かなことまで突き止めたくなって、それがもとで人間関係が乱れるというようなことが起こるわけです。
因果関係を求めることは将来への期待や予測を生み出すきっかけを与えてくれる大きな能力であり知性ではあるけれど、逆に恨みや妬みや後悔みたいなものまで背負う要因となってしまったのではないでしょうか。動物は誰かのせいにしませんからね。
小菅:絶対にしません。
山極:あるがままに生きていますよね。僕が付き合ったゴリラも、片腕を失っても、それはそれとして受け止めて生きているし、周囲も差別などしない。だから、悔やみもしないし、落ち込みもしない。それが動物の生き方で、僕はそれを潔いなと思っているんです。
片足を失っても嘆かず
普通に暮らすチンバンジー
小菅:そう、動物というのは、現状をすべて認めて、なんでこんなふうになっちゃったんだろうとは考えません。
最近、円山動物園にいるチンパンジーが、脚を切断する手術を受けることになったんですね。静脈血栓症で左後ろ脚が壊死してしまったんです。ガチャという名前のメスですが、僕は彼女が脚のない状況を受け入れることは確信していました。
ただ、旭山動物園時代、マントヒヒの肘の手術をしたとき、麻酔から覚めたヒヒが、縫合面を掻きむしって傷口を広げてしまったことがあったんですよ。ガチャも術後に傷口を掻きむしったりしないだろうかと、それだけが不安でね。
ところが、ガチャは麻酔から覚めると、左手の先でそっと傷口を撫ぜただけで、何事もなかったかのように両手と右脚で立ち上がってベッドに登っていきました。







