山極:ほー、そうですか。
小菅:その後、群れに戻ってからも普通に暮らしています。ガチャは高さ14メートルの塔の上に登って行ってゆっくり陽向ぼっこをしていることが多いんですが、観ているお客さんも、ガチャが動き出すまで左後ろ脚がないことに気付かないんじゃないかな。それほど普通です。
仲間も片足のないガチャを特段気にする様子がありません。見守るでもなく、気遣うでもなく、普通にしている。喧嘩もしますよ。ただ、そのときはガチャの娘が止めに入りますけど。アルファオス(編集部注/群れを支配するオス)も、群れ全体が落ち着くよう気を配っているんでしょう。時折ガチャを正面から抱きしめたりしています。これがチンパンジーの社会なんだと実感させられました。
人間というのは、後ろばかり考えて前を見られないことがあるでしょう?それは、生き方としては寂しいんじゃないかと思いますね。
劣等感も優越感も抱かない
動物から人間が学べること
山極:そして、それは差別につながるんですよ。つまり、健康な人間像、あるいはスタンダードな人間像というのを持っていて、それより劣ると評価した人間に対しては、何かいけないことをしたのだろう、何か間違ったことをしたんじゃないか、あるいは間違った生まれ、あるいは間違った生き方の人間なんじゃないかと考える。
小菅:そうですね。そう考えると人間は浅はかですね。
山極:そういうふうに人間を見下したり、あるいは見上げたりする話も、格差や差別も、結局は因果関係に結び付くんです。
『動物はふしぎ』(山極寿一・小菅正夫、ポプラ社)
王様や王子様に生まれついた人間を見て、「なんで貴族に生まれただけで、働きもせずにあんないい暮らしができるの」って羨むじゃないですか。本当はそんなことは別に気にしなくていい。
動物として見れば、自分の今生きている世界だけが重要なわけで、関係ないところで生きている人たちと自分を比べる必要なんかないんです。
小菅:僕は、そういうところを人間は動物に学んでほしいと思うし、自分も学びたいと思いますね。
だって、自分のやったことは取り消すことはできないんだから。あるのは今と未来。過去には戻れない。だから、動物がそういうことを何も考えることなく、瞬時にして受け入れるというのは、本当に潔い。
人間はなぜクヨクヨして前を見られないんだろうなって思っちゃいますね。







